杉野希妃と「おだやかな日常」

「女優で監督」、スケール大きな美しき映画人、杉野希妃

優れた演技力があり韓国映画にも出演、しかも長編映画を2本監督している日本の若手の女性がいた。アメイジング! 今回はこの女優、杉野希妃を紹介したい。

8月に参加した湯布院映画祭で話す機会を持てたのだが、彼女は妖精のような美しさと監督もする才能に加えて(天は二物を与えるんだなあ)、人の目を見て丁寧に話してくれる人柄の良さもあり、参加者の好感度がとても高かった人だ。

まず簡単に彼女の経歴を述べる。知れば知るほど、自分の力で人生を切り開くそのパワーに拍手を送りたくなる。
現在32歳の彼女は広島の出身で、慶応大経済学部3年修了時、韓国に渡り延世大の語学堂で韓国語の勉強を始めている。
滞在中韓国映画のオーディションに合格し短編映画に出演。その後、縁あって異能の映画監督キム・ギドク(「魚と寝る女」「悪い男」等)の映画「絶対の愛」に出演する(喫茶店のウエイトレス役で簡単な台詞もある)。

マンガ肉と僕 監督:杉野希妃 主演:三浦貴大

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帰国した日本では「歓待」「ほとりの朔子」などに出演。2014年には「マンガ肉と僕」「欲動」という長編映画を監督し、「欲動」は第19回釜山映画祭新人監督賞を受賞する。
幾つかの作品ではプロデューサーも兼ね、第43回ロッテルダム国際映画祭では日本初の審査員に選ばれたりしている。
いやあスケールでかいなあ。

さて、湯布院映画祭ではこの「マンガ肉と僕」を上映し彼女を招いてのシンポが開かれたのだ。
映画は原作が漫画なのだが、京都の大学生になった純朴な男(三浦貴大)が3人の女性と出会い少しずつ変貌していく話だ。尚、「マンガ肉」とは肉大好き女である最初のデブの恋人がむしゃむしゃ食らう骨付きの肉のこと。
彼女はこのデブの女を演じつつ、監督として京都をその風土感のままに的確にカメラに捉える演出を行い、このドラマを進める。前半は琴や鼓を効果的に使いホラー映画の趣も漂わせる(その演出に私は溝口健二監督の「雨月物語」を想起)。

シンポの時に、彼女はラストシーンでは溝口の「浪華悲歌」を意識していたと語った。古典を見込んだ、かなりの映画通と推察する。
助監督経験も無く自主映画を作っていた訳でもない彼女への、「どうやって演出のやり方を学んだか」という夜のパーティでの私の質問には、「映画を見ながら自分だったらどう撮るか考えている」という答えだった。

☆     ☆     ☆     ☆

さて、彼女が出演した好きな映画をもう一本、紹介したい。3.11の原発事故の後に人々がどう行動したかを描く劇映画が幾つか作られているが(「希望の国」「river」等)、杉野希妃が主演の一人を務める「おだやかな日常」(2012年)こそが一番の秀作だと思う。

おだやかな日常 監督:内田伸輝 主演:杉野希妃

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東京近郊のマンションに暮らす30代の女性二人の話である。
一人は一人娘を幼稚園に通わせ、隣に住むもう一人は結婚し子供は無いが家で仕事をしている。
ネット等で情報を得て放射能の不安を感じ、心配であることを幼稚園で訴えるが、浮いた存在になってしまう。
それどころか、「福島が頑張ってるんだから、あんたもちゃんとしなさい」とか「不安を煽らないでよ」とか、同調しろという圧力を掛けてくる。いやがらせも起きる。怖い。自分の頭で考えて行動してはいけないのか?
この映画はそういう雰囲気をリアルに描いているところがいい(母親の子供への愛、夫婦愛、女同士の友情なども描く)。

杉野の演技は実に自然で芝居がかった所がない。存在感があって素晴らしい。ある事情で愛娘を義理の親に取られ、返してと泣く時の鼻水の出方まで(?)もいい。

この映画は、将来必ずや、3.11直後に首都圏の人がどう行動したかを描く優れた記録として後世に残るだろう。断言できる。一見をお勧めしたい所以だ。

(by 新村豊三)

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