8月の湯布院映画祭で凄い映画を見ている。当時まだ関係者だけにしか試写を行っておらず、湯布院が初めての一般への「特別試写」という映画だった。
この映画祭ではまだどこにも公開されていない、何の情報も無い作品を観客に見せてくれる。だからこそ私達参加者は予備知識なしでまっさらな気持ちで作品と向かい合え、傑作に会えると喜びが倍加する。
今回紹介したい「貌斬りKAOKIRI~戯曲「スタニスラフスキー探偵団」より」という、舌を噛んでしまいそうな長い題名の映画については参加者誰も何も聞いた事がなかった。何せ、ポスターもチラシも何も出来ていなかったのだ。監督は細野辰興。20年前に「シャブ極道」という傑作を撮っている。
この映画は、芝居を演じる小劇場の俳優達の群像を追うバックステージものである。俳優達が「スタニスラフスキー探偵団」という名の舞台を演じるのだが、俳優が演じるのはある映画を企画中のプロデューサーや監督や脚本家たちで、その企画とは1937年に実際に起きた「林長十郎襲撃事件」を元ネタにした「美男スター襲撃・貌斬り事件」である。その映画の脚本作りに行き詰まって、関係者が事件の当事者を交互に演じて行く…
そういう凝ったメタ構造を持った作品だが、決して難解ではない。途中からグイグイ引き込まれていく。上映時間は140分だが後半3分の1ほどはゾクゾクするくらい面白く圧倒される。脚本がよく出来ていて観客を飽かせない。何と言っても演技者達の演技の熱量の凄さ、パワーには圧倒される。
見終わって感じるのは「役者の業」ということだ。映画祭のシンポジウムで居並ぶ監督や4名の俳優さんを前にして、私は、席の向こう側に座っている、芸能・芸術を行う言わばこれに憑かれた人たちの方には絶対に行かず、これからも小市民的に生きようと思ってしまった。
映画祭では他の参加者からも賛辞が相次いだ。衝撃的な作品と言っても過言ではない。ゾクゾクしながら見たなんて何十年ぶりだろうか。自分の中では「リップヴァンウィンクルの花嫁」と今年のマイベストを争っている。
12月3日に新宿で公開が始まった。朝日、読売、日経など前日の夕刊紙を全部調べたが批評が出ているのは朝日だけだ。これは作品として不当な扱いではないかと思う。(朝日では批評家山根貞男氏が絶賛)
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さて、好きな映画をもう一本。この細野監督に、「竜二」という映画を撮った後に急逝した俳優の金子正次の半生を描く作品「竜二Forever」がある。これも好きであるが、私の心に強い印象を残しているのは、その元の「竜二」なのだ。これまで好きな映画を何回も劇場で見たことはあるが、一年のうちに3回、しかも違う劇場で見たのはこの映画だけだ。
金子は小劇団に属していて、自らシナリオを執筆して映画に主演し、無名の仲間達と若いエネルギーを注ぎ込みこの自主映画を作ったのだ。
小市民ヤクザ映画と言えばいいか、ヤクザが一度は堅気になっては見るものの、平凡で退屈な日々に焦燥感を感じてまたヤクザの世界へと帰るストーリーだ。俳優達の存在感があるのと、ディテールを大事にした演出が魅力的だった。夫婦愛を描く側面も持ち、今も忘れられない大好きな作品なのだ。
金子正次はこの第一作が新宿で公開された数日後、癌で33歳で他界した。書いた脚本が遺され数本は映画化もされた(「チ・ン・ピ・ラ」「ちょうちん」)。大器となるべき真に惜しい役者であった。彼もまた「役者の業」に憑かれた人だった。
3回目を見た83年の大晦日、今は無き上板東映の上映会で会った当時3歳だった愛娘の桃ちゃん(映画にも出ている)、今頃、何をされているのだろうか。
※「貌斬りKAOKIRI~戯曲『スタニスラフスキー探偵団』より」画像は森谷勇太Twitterより
(by 新村豊三)