先日、25年ほど前に高3で担任した卒業生から電話が掛かって来た。
今度ドキュメンタリー映画を撮り「ポレポレ東中野」で公開されるけれど、試写を見てもらえませんか、というのである。
確か卒業時、中国の大学に進んだという事を記憶していたが、その後音沙汰がなかったので、まさか映像の道に進んでいるとは思わなかった。
この劇場は都内でも有名な記録映画上映のメッカのようなところである。
驚き、二つ返事で見に行くと答えた。
監督となった神央(じん あきら)君の作品は、ちょうど百年前、富山県魚津市魚津港で起きた米騒動を扱った「百年の蔵」という作品である。
チラシは地味であり、見る前はひょっとして暗く重い映画ではないかという一抹の不安があったが、見ると、娯楽性もある知的「面白」ドキュメントだった。中々の秀作と言っていい。
米騒動については、主婦たちの「暴動」という、漠然としたイメージをほとんどの日本人が抱いていると思う。私もそうだった。この映画の企画は地元の歴史研究家が資金を募り、真の姿を探るドキュメントにしてほしいという依頼を監督にしたことから始まっている。
身びいきで言うのでなく、米騒動のイメージを覆す内容も面白いが、語り口もテンポもいいので作品の中に入り込みあっという間に時間が過ぎた。
地元の漁法が解説されたり、荒々しい海での労働の様子を写した古い時代の貴重なモノクロ映像が出たり、米騒動を描いた大正の香りのする絵が示されたりと、いろいろと工夫されているのがいい。
しかし、映画の成功の最大の要因はこの地で70年ほど零細な網による漁(寄網)を行っている高齢のおばあちゃんの仕事と生活を映し、インタビューを引き出したことだろう。
おばあちゃんの姑さんは実際に米騒動に加わっている。そのおばあちゃんの話と、また新しく発見された議会の議事録などから意外なことが分かってくる。
すなわち、魚津の米騒動は、過激な「暴動」ではなく、夫や男たちが漁に出た後、家や子供たちを預かる母親たちの、実に素朴な「もっと安い米が欲しい」という自然な気持ちから発生し、その要求行動は平和裏に収束したこと、また、その後も、警察や行政側も人情ある対応を行っていたことが分かってくる。
また、おばあちゃんは90歳の今でも昔と変わらぬ漁業を行っている。その日常も描かれる。売れた魚の金額を毎日しっかりと正確に台帳に記録していく。取ってきた魚で食事も用意する。営々と続けてきて偉いと思う。感心する。
映像的には、時折インサートされる富山港の四季折々の風景を捉えたショットがとても美しい。
バックには雄大な立山連峰が見える。
ラストは「たてもん」と言う、船の帆のような3角形をした柱と木枠に何十という提灯を掲げた大きな万灯が何体も浜辺に並べられて祝うお祭り(たてもん祭)が描かれる。
その提灯は、何と女性だけが自分の名前を書いて掲げることが許されている。民俗学的にもとても興味深い。
さて、この映画を見て思ったのは、この映画がまず女性賛美の映画であるということだ。
ラストの「たてもん」の、女性だけが提灯に名前を書けるというやり方について、地元の年配の人が、女性への感謝の気持ちを口では言えんからこのような形で表す、と言う。夫が不在でも女性が覚悟をして家族を守ってきた辛抱強い姿をこの映画で見てきた私は、すっと納得出来た。
次に思ったことは、映画は何も語らぬが、実はこういう姿は日本の津々浦々にあって、それが日本を支えて来たのではないかということだ。
この映画は富山のことを深く掘り下げながら、実は普遍的な日本のありように言及し、日本の良さを見直させることにも成功していると思う。
米騒動の時、行政側や一部の米屋が取った対応と言うのは、米を無料で与えたこと、米を安く売ってあげたことである。これは、日本的な情のある、平等思想に根差したことであった。
こういう考え方は、今の格差社会の中でこそ、見直され評価すべきことであるとも思えてくる。
(by 新村豊三)
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