年頭の秀作「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」と障がい者を描く映画

初めて元日の夜に映画を見に行った。客席まばらかと思ったが、意外や、東京練馬区のシネコンのこの映画には40数名の観客がいるし、3分の1は私の様な「おひとりさま」である。
「さみしいのはお前だけじゃない」という言葉が浮かんだ。若い女性もおばさんもいた。これでいいのだ、自分の生き方をすればいいのだと思った。また、その「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」がいい映画だったのだ。

「こんな夜更けにバナナかよ」監督:前田哲 出演:大泉洋 高畑充希 三浦春馬

監督:前田哲 出演:大泉洋 高畑充希 三浦春馬 萩原聖人ほか

映画は約20年前に出版されたルポが原作(スゴイ本だ!)の実話に基づく話だ。筋ジストロフィーで手と首しか自由に動かせない30代男性鹿野さんと、交代で24時間世話を続けるボランティアの人々の交流を描く。といって「善意映画」では全くない。

こんな夜更けにバナナかよ

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筋ジスの病気、ボランティア活動、そして鹿野さんについても様々なことが分かってゆき、不謹慎かもしれないがとても面白い。鹿野さんは夜中に平然と「バナナを買ってきて」と要求するようなワガママで強烈な人なのでこちらも少し面食らうが、個性的な彼とボランティアの、想像を超えた営みに段々と目が離せなくなる。
病気が進み人工呼吸器を付けたり、声が出なくなったり、当時医療行為として許されていなかった痰の吸い取りを自分たちで行ったりしていく。

最初はワガママに見えた鹿野さんの言動は「生きる」という強烈な意志から出ていて、自分の「夢」の実現への取り組みを続けているのだ。スゴイと思えてくる。夢とは、アメリカの有名な障がい者に会うために英検の受験勉強を続けること等だ。
また、「くそばばあ」「バカ息子」と呼び合う一見不仲に見える母親との関係には思わず涙を誘われる。母親役のジャズシンガー綾戸智恵がいい味を出していて感心。

この映画の美点は他にもある。ボランティアメンバーのラブストーリーであり成長物語でもある。特に、教育学部生として来た高畑充希の素直でハツラツ、しかも悩みを抱えるキャラには参った。鹿野さんが外でトイレに間に合わずに「大便」を漏らしたとき、自分も漏らしながら大学受験をしたんですよ、と明るく言ってのける。
ケッサクなのは、実は彼女はニセ学生で受験は不合格のフリーターなのだ。しかし、高畑は自分の目標のために努力してゆく。どうなるか書きたいが、これからご覧になる方のために敢えて伏せたい。
女性のベテランボランティアが言う「人間って迷惑を掛け合って生きてゆくものよ」という言葉も印象に残る。総じて、「人間」、「生きる」ということについての私の認識を揺さぶった映画と言える。

障がい者を描く映画はあまり見ていない。実は、日本映画では障がい者を描いているのはあまり多くないのではないか。その中で感銘を受けた作品を挙げたい。


『AIKI』 監督:天願大介 出演:加藤晴彦 ともさかりえ他 【amazonで見る】

まず、2002年の「AIKI」
これは交通事故で下半身が不随になった若者が合気道を始めることで立ち直って行く話だ。袴を穿いてきりッとして指導する師匠の石橋凌が技術と人格を兼ね備えた人物としてカッコいい。彼が言う、「世の中に答えのない問題などない。答えがないのは、問題の立て方が間違っているからだ」というシビレルような文句は今でも覚えている位だ。
若者が元気になる、いい映画だと思って見ていると、何と、ラストのクレジットロールに車いすに乗った本人が実写で映る。実話だったのだ。批評家にも高く評価されキネ旬の5位。

映画「典子は、今」監督:松山善三 出演:辻典子 渡辺美佐子ほか

監督:松山善三 出演:辻典子

もう一本は、障がいを持った本人が自分を演じるという1982年の「典子は、今」という映画。熊本市に住む、サリドマイドで生まれつき両腕がない辻典子さん(当時20歳 熊本市役所勤務)の半生を描く映画で、ドキュメント的に普段の生活や学校生活も描写された。この映画は、彼女を、過度に同情も持ち上げもしないで、障害を持っていても普通に生活している様をそのままリアルに描く(例えば、両足で、針に糸を通し縫物をする)。そこが優れている。脚本も監督も、大女優高峰秀子の夫の松山善三。立派な仕事であった。

 (by 新村豊三)

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