前田敦子が好演、「町田くんの世界」と「旅のおわり世界のはじまり」

強力な日本映画を2本見た。今年これまで、日本映画にあまり話題作がなく、見てもそれほどの作品ではないことが多かったので、とても嬉しい。
偶然、2本とも前田敦子が出ている。実力派の中堅とベテラン監督の作品、「町田くんの世界」「旅のおわり 世界のはじまり」である。

「町田くんの世界」監督:石井裕也 出演:細田佳央太 関水渚

監督:石井裕也 出演:細田佳央太 関水渚ほか

まず、「町田くん」だ。チラシを見ると、全く知らない俳優が草の上に寝っ転がっている(しかも90度回転している)、何か漫画チックで、キラキラ映画らしい雰囲気を漂わせている。
しかし、見てみると、さすが、一昨年非正規雇用の若者の恋を描いてキネ旬のベストワンになった「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」の石井裕也監督らしく、学園恋愛ものの形を取りつつ、今の時代の、人間観、世界観を問うた作品になっていた。

小さい時に井戸に落ち頭を打ったからか、人間を善であると信じて疑わず、人に対して親切を続け友人たちから「キリスト」と呼ばれる高校生町田くんの学校を中心とした生活が描かれる。町田君はクラスの暗い性格の女の子と関りを持っていくが、人を好きになっていくことがどんなことか分からない。そのズレからドラマが生まれる。
一方、この世の中を「くそったれ」と呼び、作家志望だが生活のために自ら有名人の醜聞の写真を撮り、雑誌に記事を書いている若者(池松壮亮)がいる。この町田くんと池松の対比によって、今の時代をどう見るかというテーマが浮かび上がる。

と、書くとなんだが固い映画のように聞こえるが、基本は、かなり可笑しい、軽い学園青春モノでもある。しかし、とても「映画的」に豊かだ。夏の映画の定番とはいえ、学校のプール、校舎、二人がよく会う水路などの撮影がとてもいいのだ。それに、映画ならではの高揚感が生まれるシーンがラスト15分ほど続く。これはお見事と言いたい。伏線がちゃんとあり、見ている観客がそうなってほしい展開になるのは、アメリカ映画「E.T.」と同じだ。

高校生の二人は新人だがなかなかいい。加えて、脇を固める高校生が、皆、高校生に見えない薹(とう)の立った役者であるのが可笑しい。太賀、高畑充希、そして前田敦子である。特に前田は蓮っ葉でシニカルな役を演じていて光っている。

「旅のおわり世界のはじまり」監督:黒沢清 出演:前田敦子 染谷将太 柄本時生ほか

「旅のおわり世界のはじまり」監督:黒沢清 出演:前田敦子 染谷将太 柄本時生ほか

その前田敦子だが、彼女が主演した作品「旅のおわり 世界のはじまり」が素晴らしかった。レポーターである彼女は、テレビ番組の取材のためカメラマン等の3人のクルーと一緒にウズベキスタンの首都タシケントに来ている。湖に入ったり、遊園地で360度くるくる回る遊具に乗って吐いてしまったり、けなげに奮闘する。
結構小柄で、華奢で足も細いし何だか痛々しさを感じてしまう位だ。異郷の地で言葉も通じない彼女の唯一の心の慰め、生きる支えは東京にいる彼氏とラインすることだ。部屋に帰って来ては指を上手く使ってメールする。そんな彼女にも一つ大きな夢がある。舞台の歌手になることだ。
彼女はあることから警察に追われ、人込みで混雑するバザールの中を逃げ回ることになる…
後半ずっと、おじさんである私は彼女に感情移入して、これからどうなる、と気分が昂って見続けることになった。

この映画は前田敦子が素晴らしい。存在感があり、豊かな感情を演技と表情から滲み出させている。彼女の切ない気持(すなわち、愛する人への思いと、現状を打破して自分のやりたい未来に近づきたいという願い)が見事に伝わる。アイドルが演じているのに、今の時代の若い女性の普遍的な姿が描かれることになった。
撮影もなかなかよい。前田が街を彷徨う時には、暗くて不安げな雰囲気を生み出し、対比的に、ラストの山頂シーンでは、青空の下、晴れ晴れとした解放感が出ている。
監督は黒沢清。監督が執筆したシナリオも巧みだ。リアルな展開の中に、さりげなく「虚構」を入れて物語を盛り上げている。(「虚構」とは、東京に関する、あるニュースのことだ。ここ、本当に上手い!)。
今年の上半期の日本映画の中で一番好きな映画。お勧めです。

(by 新村豊三)

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