少女の日常を描く韓国映画「はちどり」

素晴らしい韓国映画を見た。前評判がいいので是非見たいと思い、6月中旬の日曜に渋谷に出かけていくと、コロナ自粛休業明けで再開した映画館(ユーロスペース)の上映は、希望した回以降3回続けて既に予約で満席だった。
みんな、いい映画に飢えているのだろう。翌日、ネット予約をして出かけて行った。2日連続で行ったその甲斐は十分にあった。

韓国映画「はちどり」監督:キム・ボラ 出演:パク・ジフ キム・セビョク他

映画「はちどり」監督:キム・ボラ 出演:パク・ジフ キム・セビョク他

この「はちどり」という、若い女性監督のデビュー作は評判どおりの秀作だと思う。88年のソウルオリンピックが開催されて6年後の94年、ソウルに暮らす中2の女の子ウニの日常を描く物語だ。
場所は明示されないが暮らす場所は下町の雰囲気を漂わせる。ソウルの西ではなかろうか(主人公が通う病院名が「西ソウル医院」だ)。中の下あたりの家庭で、一家は餅屋を営んでいる。主人公の通う中学は女子だけで(韓国はそうである)、放課後、週に何回か漢文の塾に通っている。名門高校進学を目指す兄と、姉がいて、主人公は末っ子である。映画は淡々と進み、家族関係や友達との関係がとても繊細に描かれる。

全体的にゆったりと進み、余白がある。最初は、見ていて台湾映画を思い出した程。見ていて、色々な想いがゆっくりと喚起される。
この映画は色んなものを内包した映画だと思う。あまり家族関係が上手くいってない家庭を描くホームドラマの要素もあるが、まずは、思春期のデリケートな時期を生きる少女の日常を描いて秀逸だ(主人公は顔は大人っぽいが身体は少女。そのアンバランスも面白い)。同じ学校の年下の女の子との、くっついたり距離を置いたりする微妙な感じもよく出ている。

しかし、これは、本質はフェミニズム映画であると私は受け取った。おそらくそれで間違いないと思う。韓国女性は、幾重もの圧迫、あるいは足枷、理不尽なモノをしょって生きている。この映画は、それを静かに訴えていると感じた。一例を挙げると兄はすぐに少女に暴力をふるう。しかも、それを、母親も含めて家族が容認しているのだ。

もう一つの重圧は日本と比較できないほど大きい受験だ。ウニの学校で教員が、カラオケに行くのは不良だ、お前らはソウル大を目指せと言って「私はカラオケに行かず、ソウル大へ行く」という言葉を何回も唱和させるが、あの教員が特別にエキセントリックなのではなく、韓国の学校の雰囲気は、あんな風に最大限に学歴偏重していると言って過言でない。

女性への差別や受験の圧力など様々な重圧の中で、ウニは生きているのだ。そして、少しずつ、自分の中で、それはおかしい、変えていくべきではないかという意識を胚胎させたのがこの時期なのではないか。
きっと、この少女は、今現在成長して、MeToo運動に代表される社会を変える運動を推進している人になっていると思う。
実は、この2月にベストセラーの『82年生まれ、キム・ジヨン』という身を切るような、30代後半の、夫と子供のいる女性の人生の告白、わだかまりの放出の本を読んだばかりなので、余計そう思うのだろう(因みに、この本はとても面白い。映画化され、近く日本公開だ)。

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それにしても、塾で、漢文を教える女の先生が出色。ソウル大生(韓国では東大以上の存在)。民主化運動を闘ったか、その余波を受けた人ではなかろうか。
学歴偏重の韓国社会の中で、人間の価値観は多様で、より良い生き方も多様である、と考え始めた韓国人の先駆けではないか。しかも女性だ。自由な生き方をして煙草をくゆらす(あの時代、女性はなかなか煙草を吸わなかった)。極めてユニークな存在感がある。この女優の化粧っ気のない、プレ―ンな、あまり美人でないところ(?)がとてもいい。主人公にいい影響を与える、この先生がいちばん印象的だった。

さて、好きな映画をもう一本!

韓国映画は、エグい、濃い、しつこいという映画が多いが、実は、普通の人々の生活と時代意識を丁寧かつナチュラルに描いた秀作もある。私が好きなのは、2008年の「素晴らしい一日」という作品だ。

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人気実力兼ね備えたハ・ジョンウとチョン・ドヨンが借金を返してもらいに友人の元を回るという構成だが、ソウルに暮らす、地に足の着いた等身大の様々な人々が登場した。
これを見て、韓国には様々な階層、様々な意識を持った人がいることを、鳥瞰的に理解できた気がした。隠れた秀作だと思う。

(by 新村豊三)

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