ラテンアメリカの秀作映画「ぶあいそうな手紙」

チラシが沢山手に入ることに加えて、映画館に行くことの良さは予告編を沢山見られることだと、コロナの状況下で気づいた。家で見る配信ビデオには予告編がなく何だか味気ない。沢山の予告編を嫌う人もいるかも知れないが、今のようになかなか劇場に行けない状況だと、やはり、予告編はいい。特に洋画の場合、知らない異国の風景を見ることだけでも、現在の、どこにも行けない閉塞感を少しでも晴らせるように思える。

予告編を見てこれは何だか面白そうと思い、2週間後に見に行き、そして大いに満足した作品がブラジル映画「ぶあいそうな手紙」であった。

映画「ぶあいそうな手紙」監督:アナ・ルイーザ・アゼベード 出演:ホルヘ・ボラーニ ガブリエラ・ポエステル他

監督:アナ・ルイーザ・アゼベード 出演:ホルヘ・ボラーニ ガブリエラ・ポエステル他

予告編を見て予想したのは、目がよく見えない老人が、手紙の代読のために若い女性と知り合い交流するということだったが、この予想は嬉しく半分外れた。
二人の間に愛が芽生えるといったお決まり(?)の展開にならないのだ。

映画の舞台は、ブラジル南部の都市ポルトアルグレである。私はこの都市名さえ知らなかったが。
老人は隣の国ウルグアイの出身である。職業はカメラマンであり、若い頃政治的に亡命したようだ。妻は亡くなって一人暮らし、息子は遠くに住んでいる。
老人は、故国ウルグアイに住む親友が亡くなったことを知らせる手紙を受け取り、その妻に向けて手紙を書こうとするのだが、老齢でよく目が見えず、偶然知り合った若い娘に手紙を読んでもらい、代筆をしてもらうのである。

この映画が面白いのは、若い女性が一筋ならではいかない現代的な子で、えっと驚くことをするのだ。例えば、部屋に来た日に、お金をくすねてしまう! 彼女なりに事情があるのが分かってきて、老人は温厚な対応をしてあげることになるが。
アパートで暮らす78歳の主人公エルネストの生活の仕方が、これから老後を迎えようとする自分にはとても興味深くかつ身につまされるところがあった。新聞は隣の部屋の老人と共有して読んでいるし、郵便局(?)で年金を下すときに局員に、公共料金を引いてもらったりしている。食事する行きつけの店もある。

一番好きなのは、エルネストが、亡くなった親友と妻と、若い頃、3人で映画を見たことを素敵な思い出にしていることだ。その映画が、イタリア映画の名作「自転車泥棒」というのもいいなあ。
老人は、若い女の子と一緒に文章を推敲しその未亡人と手紙のやりとりをするのだ。
女の子の言葉は、ポルトガル語。老人が書いて送る手紙の言葉はスペイン語だ。私は、言語にしろ、政治や歴史にしろ、ラテンアメリカの事情に疎い。それでも、二人が複雑な状況を生きていることは分かる。監督は女性だ。細やかなデティールはそうだろうなあと思われた。
尚、邦題は最悪だろう。スペイン語の原題は「エルネストの眼を通して」だし、主人公の爺さんは頑固さがあるものの、決して「ぶあいそう」ではない。「ぶあいそうな邦題」じゃないかと皮肉を言いたくなる。

ブラジル映画は、あまり見ていないのだが、「代読」ならぬ手紙の「代書」を行って生計を立てている高齢の女性を描いた作品「セントラル・ステーション」(1998)を思い出す。ブラジル最大の鉄道駅で、元学校の教員である高齢の女性が、文盲の人のために、話を聞いて手紙を書いてあげる仕事で生計を立てていた。
詳しいストーリーは忘れてしまったが(すみません)、いい作品であったことははっきりと覚えている。

さて、好きな映画をもう一本!

モーターサイクル・ダイアリーズ

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「セントラル・ステーション」を撮った監督ウォルター・サレスの素晴らしき秀作が「モーターサイクル・ダイアリーズ」(2003)だ。あのチェ・ゲバラが、若い頃、オートバイに乗ってアルゼンチンやチリといった国々を回るロードムービーだ。
ゲバラはアルゼンチンに暮らす医学生だが、ある時思い立って友人と二人でラテンアメリカを旅する冒険を始める。これは実話に基づく。
貧しいインディオの人と出会ったりハンセン氏病で隔離された生活を送る人たちを見たりして、段々と社会を変革したい気持ちが芽生えてゆく。内容もヒューマンだが、自然を映す撮影が素敵だし、音楽も本当にいい。今も、疾走するバイクに被さる、♪ボロロン♪という弦の響きを思い出す。
なお、ゲバラの本名は、偶然だが、「ぶあいそうな手紙」と同じエルネストだ。「チェ」というのは、スペイン語で「やあ」という呼びかけの語であることを知ったのもこの映画だった。

(by 新村豊三)

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