心が高揚する米ミュージカル映画「イン・ザ・ハイツ」

コロナ感染爆発のため、ずっと参加している湯布院映画祭が昨年に続いて今年も延期になった。購入していた飛行機のチケットもキャンセル。飲みに行けるわけでもなく、「ステイホーム」の単調で忍耐の日々が続く。
映画館に足を運ぶのが激減したとは言え、映画館で新作を見て素敵な作品に出会うのが、唯一、心を解放し元気が出てくる手段だ(家で、配信やレンタルで映画を気楽に安く観る楽しさについては、また、後日取り上げたい)。

「イン・ザ・ハイツ」監督:ジョン・M・チュウ 出演:アンソニー・ラモス コーリー・ホーキンズ他

「イン・ザ・ハイツ」監督:ジョン・M・チュウ 出演:アンソニー・ラモス コーリー・ホーキンズ他

今度見たアメリカミュージカル「イン・ザ・ハイツ」が本当に素晴らしく、爽快感が生まれる映画だった。この映画も、元々は昨年公開の予定だったのだが、コロナで公開が延び、やっとこの夏に全米で公開が始まったものだ。
2008年にブロードウェイで人気を博した舞台の映画化である。ニューヨークマンハッタン島の北西(ハーレムの上)にヒスパニック系住民が住むワシントンハイツと呼ばれる地区があるが、ここを舞台にして、2組の男女の若者の物語が展開する。
小さな食料雑貨屋を営むウスナビは故郷ドミニカに帰ろうかと迷い、恋心を抱く相手ヴァネッサは将来デザイナーを目指している。この地区の唯一の秀才ニーナは名門スタンフォード大に進むも差別を感じ中退して帰ってきて、タクシー配車の仕事をする黒人の友人ベニーに慰められる。

この映画の美点はまず、歌と踊りが多彩で圧倒的だ。英語のラップと踊り。1950年代のMGMミュージカルを彷彿とさせる美しい幾何学的踊り、また、インド映画のような何百人という群舞もある。これにラテンのパワフルな歌と踊りも加わる。書いてしまうと、ジョージ・ワシントン橋をバックに、ニーナとベニーが建物の壁と垂直になって重力を無視して(!)踊る、驚きのシーンもある!

次に、シナリオが実によく出来ている。ミュージカルでここまで工夫されたシナリオは過去に記憶がない。例えば住民がよく買う「宝くじ」の使い方が上手い。また、ウスナビが子供たちにドミニカの海岸で話すシーンが何度も出て来るが、ここが、実は、ある場所であった(ご覧になれば分かります)という仕掛けには舌を巻いた。

3つ目は、4人の若者だけでなく、主要な登場人物の一人一人に見事な出番が与えられており、素晴らしい歌で自分の心情を表す。それは、ウスナビの店の手伝いをする少年、ヴァネッサが勤める理容店のオーナーおばさん、そして移住後この地で何十年と働いてきたお婆ちゃんに至るまでだ。
そして、最後に、この映画は現代の社会的なテーマを内包している。映画は、住民たちが偏見も含めて人種差別を受けている状況を伝えている。ラストには希望があるのがまたいいのだが。

観ながら、高校の頃に見た「ウエスト・サイド・ストーリー」(1961年)を思い出した。あの映画は、マンハッタン島の西が舞台で、登場するのはポーランド系移民、プエルトリコ系移民だった。この「イン・ザ・ハイツ」は2020年代のヒスパニック移民たちのドラマ。きっと、同じように、ミュージカル映画史に燦然と輝いていくだろう。
この映画こそ、この夏、出来れば大スクリーンで見てほしい。コロナに注意しながら鑑賞されれば大満足となることを保証したいと思う。

「キネマの神様」監督:山田洋次 出演:沢田研二 菅田将暉 永野芽郁ほか

監督:山田洋次 出演:沢田研二 菅田将暉 永野芽郁ほか

さて、新作をもう一本。日本映画の新作「キネマの神様」についてはファンの間で賛否両論あるようだ。主役の志村けんがコロナで亡くなり沢田研二が代役を務めたのは周知の事だろう。主役が変わっただけでなく、終盤のストーリーもコロナ禍の今の状況を反映したものに手直しされている。
1960年代、日本映画の最盛期、松竹大船撮影所で助監督をしているゴウ(菅田将暉)の青春と、その約50年の現在の姿が描かれる。演じるのは、太ったジュリー!

古い邦画のファンなら、撮影所に出て来る監督たちが、あれは小津安二郎がモデル、清水宏がモデルだと分かるだろうし、当時の撮影所の風景や様子が分かり興趣が増す。
ゴウは自分の書いたシナリオで折角初監督するチャンスをもらいながら挫折してしまう。その理由を受け入れるかどうかでこの映画の評価が決まるのではなかろうか。私は残念ながら、大いに引っかかってしまい、素直にその後の展開を見られなくなってしまったが。
しかし、美点もある。当時の大女優を演じた北川景子がとても奇麗に撮れている。日本の女優の中で一番の正統派美人である彼女には、このままこの路線で進んでもらいたい。

(by 新村豊三)

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