今回も、大変面白い日本映画を2本紹介したい。
まず「罪の声」。とても質が高い力作で、必ずや今年を代表する作品となるだろう。
原作小説は、36年前に起きた今も未解決の「グリコ・森永事件」を基にして書かれている。神戸でテイラーを営む30代の星野源が、偶然見つけたテープにより自分の声が当時の事件に使われていたことを知って、新聞記者の小栗旬と共に、事件の真相と、録音をしていた女の子と男の子の消息を辿る映画だ。
そのストーリーが本当に秀逸だ。ラストのラストまで面白さが落ちない。よく出来ていると感心した。映画の舞台がイギリスの田舎町にまで拡がるスケールを持つ。
私は、韓国の様に民主化運動やIMF体制の下で金融問題に対処するといった大きな題材・テーマがある国と違って、もう日本には骨太の劇は作りえないと思っていたのだが、この映画を見てその認識が覆された。「グリコ・森永事件」一つで、もちろんフィクションなのだが、想像を拡げて、事件の真相や関わった人物のその後の人生など大きく豊かな物語が紡げるのだ。事件を起こす動機は、1960年代の昭和の全共闘世代が世の中の支配勢力に一矢報いたいということであるが、これも、時間の厚みを増すことになった。
この映画がいいのは事件の真相に迫るサスペンスの部分が一級であることに加えて、底流に流れるものが、ヒューマンである点だ。
例えば、星野源が事件を追い始めるのは、事件に関わった姉の中学の友人に会って、大阪道頓堀で会う約束をしていて現れなかったと聞いて、姉が一体どうなっているのか、幸せな人生を送れてきたのかを確かめたいという、何というか、素朴な人間的な情からなのだ。中学の友人の証言を聞きながら、その女性に対して、私はうんうんと頷きながらスクリーンを見ていたと記憶する。
また、終盤のあるシーンは感動的だ。ネタバレになるので詳しく書けないが、中年男がスーツを着て記者会見を行う。その後の展開にも人間的な救いがあった。
余談だが、その姉は映画好きであり、愛読書が「スクリーン」「シネマの名台詞」といった本であったところは涙を誘われた(因みに、私は画面に映る「ロミオとジュリエット」が表紙の本を持っている。近代映画社発行だった)。
この面白さは原作の力だろうが、やはり、映画の脚本を書いた野木亜紀子の大きな功績だろう。私はテレビドラマには不案内だが、彼女は、星野源主役の「逃げるは恥だが役に立つ」や「重版出来」など人気ドラマを書き、ファンに支持されて「視聴率女王」と呼ばれていることを初めて知った。これからも注目したい脚本家だ。
数年前に大好きな「ビリギャル」を撮った土井裕泰監督の演出はオーソドックス。娯楽性もアート的な冴えも双方ある。娯楽は、例えばイギリスのゆったりとした美しい風景の捉え方がいい。アートは、例えば、中年男が登場する狭く暗い部屋の鬼気迫る佇まいの演出。
星野源を始めとして役者が皆いいが、意外な人が脇役で多数登場し見事な存在感を出している。往年の女優梶芽衣子、最初は何てことない普通の老婆だが、ラストは、反権力の凄みが出ている。宇崎竜童も登場する。二人を見ると40年前の「曾根崎心中」を思い出す。ロマンポルノの宮下順子、容貌はあんまり変わっていない。
次は、若手実力派の深田晃司監督の「本気のしるし」。あまり話題になっていないが、邦画ファンなら見落としてもらいたくない隠れた傑作。
名古屋テレビ制作の10回連続のテレビドラマを劇場用に編集した4時間の異色作。観客を選ぶかもしれないが、面白くて少しも飽きない。特に、ラストの30~40分は画面に釘付けになった。話も面白いが、力の入った演出が素晴らしい(地図、部屋の音楽、踏切等、痺れるような演出)。
物語は、不思議な、面倒くさく、しょうがない女と出会った会社員の若者が、彼女に関わっていくために振り回されて、段々と「地獄」に堕ちる展開。そして、ラスト4分の1は…嗚呼、これも書きたいが、ストーリーに触れられない。
主役の森崎ウィンが意外な好演。そして、脇がまた素晴らしい(特に女の夫宇野祥平、先輩女子石橋けい、2代目若社長忍成修吾)。
ヒロインがやや線が細いかなと思っていたらあっという展開になる。これをしも、「異形の愛の映画」と呼ぼう。奇麗ごとでなく、何か、人間の深淵を感じさせるドロっとしたところがあるのもいい。
(by 新村豊三)
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