今年ほどアカデミー賞の発表が気になった年はなかった。言うまでもなく最も関心があったのは、「ドライブ・マイ・カー」が作品賞を受賞できるかどうかだった。結果は国際長編映画賞(旧 外国語映画賞)受賞で作品賞受賞はならなかったが妥当だろう。
最近のアカデミー賞はずいぶん変わって来た。アメリカ映画の賞でなく、カンヌのような世界の映画賞のようになっている。投票者も30パーセントはハリウッド外の人だそうだ。北野武も投票権を持っている由。数年前、あまりにノミネートに白人の俳優や、男性の監督作品が多いと批判が出て、アジア系など非白人の会員が増えて会員は約6000人から9500人になった。選ばれる作品が変わって来たのだ。
一昨年、韓国映画「パラサイト」が作品賞を受賞し(非英語圏映画として初めて)、去年は女性の中国系アメリカ人監督が「ノマドランド」で作品賞と監督賞を受賞したが、「ドライブ・マイ・カー」も、そんな風にアメリカ映画界の流れが変わっている中でノミネートされた。3時間を超えて長いし、ゆっくりと展開するドラマなので、アメリカ人には異色の作品だと思う。それでも、公開が全米2館から始まり、段々と広がって行っているから、一般の観客にも受けいれられているのだろう。
さて、賞を受賞した作品をあれこれ見ているところだが、面白かったのは「ドリームプラン」だ。主演男優賞を受賞したウィル・スミスがプレゼンターにビンタを食らわせたことでも話題になった。
私はテニスには弱いのだが、黒人のテニス姉妹選手ビーナス・ウィリアムズとセリーナ・ウィリアムズを育てた父親リチャードの話である。この父親はアクが強いと言うか、「巨人の星」の星一徹のように、自分のやり方で、娘にテニスを教え込み一流選手にしていく。そのワンマンぶりは、娘たちの人格を認めず問題になりそうなギリギリのところだが、何せ、この映画はテニスシーンがハラハラするほど面白い。撮り方が上手く素晴らしい臨場感がある。テーマとして、家族の絆、白人のスポーツであったテニス界で女子の黒人選手が活躍する意味なども盛り込まれる。ウィル・スミスは本人に成りきった演技をしていると思う。
オリジナル脚本賞を受賞した「ベルファスト」も見ごたえがある。俳優でもあるイギリスのケネス・ブラナーの脚本・監督作。生まれ育った、北アイルランドのベルファストが舞台。ブラナー自身がモデルとなる9歳の少年の眼から見た、1969年の街の様子、家族、周囲の人々がモノクロで描かれる。
ファーストシーンはカラー撮影で、現在のベルファストの街を俯瞰で捉える。カメラが最後に映す壁の向こうに、モノクロの「1969年」のベルファストが映り、そこから物語が始まる。
のっけの激しい暴動シーンにはびっくりした。カトリック信者とプロテスト信者が対立していて、プロテスト派が、差別を受けるカトリック派を暴力的に襲い、街中にはバリケードまで築かれる事態になる(暴動が起きたのは歴史的事実)。
主人公の家族は労働者階級。外では暴動が起きているものの、家の中では、それなりに楽しい生活を送っている。家族で映画館に行ったりテレビを見たりする。(「真昼の決闘」「チキチキバンバン」、「サンダーバード」などが映る)。
父親はイングランドに出稼ぎ、移住しようと母親を説得する。祖父は、悠々として、面白いジョークも言う。祖母は名優ジュディ・デンチが演じる。しわくちゃな顔で、堅実。
正直に言うと、撮り方は達者だが、内容に新鮮味がない。学校、初恋、ユニークな祖父母、家族の娯楽時間など、まんべんなく盛り込まれているが、「程」が良すぎてやや物足りない。
好きな映画をもう一本! 似た内容の映画にイギリス映画「がんばれ、リアム」がある。2002年、スティーブン・フリアーズ監督。
1930年代のリバプールが舞台で、父親が失業している貧しい労働階級の5人家族を描く。イギリス人とアイルランド人の対立があり、これにユダヤ人が絡むところが秀逸。7歳のリアム少年の姉がユダヤ人の金持ちの家でお手伝いとして働くことから悲劇が生まれる。
リアムは聖体拝領を受けようとしているが、宗教の2面性も描かれる。父親が教会で、「貧乏なのに教会のために金を使わせやがって」と叫ぶシーンには驚く。
リアルで深刻だがユーモアもある。面白くて胸に迫る隠れた秀作だ。
(by 新村豊三)