傑作ドキュメント「『生きる』大川小学校 津波裁判を闘った人たち」と「妖怪の孫」

口コミでひろがっているのだろう、息長く公開が続いている日本映画のドキュメントがある。3.11の津波関連の「『生きる』大川小学校 津波裁判を闘った人たち」(以下「生きる」)と、昨年暗殺された安倍元首相の人物像を追求する「妖怪の孫」だ。

12年前の3・11東日本大震災の日、石巻市の大川小学校の生徒74名と教職員10名が津波で亡くなった。避難警報が出ていたが、すぐ裏の高い山へ逃げる行動を起こさず、40数分も校庭に留まり、別の所に避難中に津波に襲われた。遺族が学校・教育委員会側に何故こうなったのか説明を求めても納得が得られず、市と宮城県を提訴。5年掛かって原告が勝訴した。そのあらましを記録したドキュメントが「生きる」である。

驚きと怒りを感じたのは校長や教育委員会が嘘をつき隠ぺいすること。一人生き残った教務主任の先生がいるが、その先生(E先生)にも真実を言わせない指導をしている。生徒が何十人も死んだ事実があり、遺族が真実を知りたいのに、自分を守りたいのか、組織を守りたいのか、責任を認めたくなくて、嘘をつく。そもそも、学校は年に一度の避難訓練もやっていない、教育委員会はそれをチェックしていない。教育委員会はE先生や子供から聞き取った証言のメモを廃棄し、そのE先生から校長に来たメールは削除されている。

遺族は最後の手段として裁判を行ったが、死者の賠償金請求という形でしか争えない。親御さんは自分の子の命が金に換算されることに戸惑ってしまう。そして、「金が欲しいのか」という世間のバッシングが始まるのである。脅迫した者もいて、こやつは、警察に捕まっている。
最終的判決が2019年に出たが、全く、遺族は人生を棒に振られたというか、子供を亡くして辛いのに(奥さんや身内が亡くなった方もいる)、大変すぎる状況を生きられたのだ。学校・行政が嘘さえつかなければこんなことは起こらなかったと思うし、虚しさまで感じさせ本当に酷い話だと思う。

終盤思わず泣いてしまったのは、何人かの遺族の方の心情を知った時だ。ある御夫婦は一人娘さんが亡くなられた。好きだったドレスを着た娘さんのイラストにはお父さん・お母さんまで、想像で描かれている。事故の説明のボランティアをされている別のお母さんは、「娘には明るいお母さんと思われていたから泣きません。ひっそり泣きます。あの子のイメージを壊したくないんです」と言われる。
判決は「平時からの組織的過失を認定」したもので、東大の法律の先生の発言によれば画期的判決だそうだ。これまで、学校で起きる事件(いじめやケガの問題)では学校や担当教員に責任ありとされていたが、今回は、教育委員会にも責任ありとしているからだ。
考えればこの国は戦争責任も原発事故の責任もあやふやだった。地方の自治体も責任を取ろうとしない。この、責任を曖昧にしようとするのは一部の日本人だろうか、それとも全体の体質なのだか。

好きな映画をもう一本! 「妖怪の孫」の「妖怪」とは、安倍元首相の祖父岸信介の事である。戦犯の疑いが掛かったのに戦後首相にまでなった。
「i‐新聞記者ドキュメント」「香川一区」といった政治家を扱った記録映画と比べて、娯楽の要素が強く、分かりやすい「人物解説本」みたいな構成になっている。「映画」の表現としてのレベルは普通だと思うが、内容として、これだけ面白い情報が入っていれば大満足だ。
元経産省官僚の古賀茂明も、憲法学者の小林節も統一教会追及ジャーナリスト鈴木エイトも一水会の鈴木邦男も出て来るし、これは豪華版だ。

知らなかったこと、なるほどと思った点が幾つもあった。自民は若者向けのネット戦略を打ち出し(それも、大手広告代理店!)これが成功した。マスコミが委縮してしまい権力を監視しなくなった、等々。
最も興味深かったのは元共同通信記者が語る安倍氏の人物像だった。子供の頃、政治家の家に生まれ、家庭団らんもなく、乳母とは仲良くて、中学のころまで同じ布団で寝たこともあった。親の愛情がなかった。成蹊大に在学中、構内をアルファロメオでぶっ飛ばした。勉強していない。「アベノミクス」は、見かけ、「やってる感」を出すだけと、本人も言っている、等。
最大の目標は爺さんを超える事。だから、憲法改正したい。小林節が言っていたが、「明治憲法」を目指すのだと。真にビックリしたが、よく分かる、分かりすぎる分析だった。

(by 新村豊三)

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