白黒スイマーズ 第10章 アッツイ区のペンギンモアイ(2)


熱々モアイ土産店で働く鈴子に会うために忙しいプロマイド店を臨時休業し、ペンギンモアイまで観光をしにいった阿照(あでり)だが、すれ違いで会うことは叶わなかった。その上、災難は続いたのだ。両手に大量の土産物を持ち、意気消沈して帰宅した阿照だが、そこで初めて胸の巾着から大切な名入れパワーストーンがなくなっていることに気がついたのだ。バス会社に電話しても、熱々モアイ土産店に電話しても、落し物の届け出はなかった。もう一度、同じルートを辿って自分で探したい気持ちが強いが、明日は慈円津(じぇんつ)のプロマイド撮影の予定だ。延期にしたら、慈円津にこっぴどく怒られるのは自明である。

そして、翌日、阿照は傷心のままプロマイド店に出勤した。

「で、これが慈円津さんへのお土産」

阿照は、プロマイドの撮影にやってきた慈円津に熱々モアイ土産店で買った土産を差し出した。

「いらない」

慈円津は、それを一瞥し、ぷいと横を向き無下に断った。阿照が差し出した土産は、ハンディタイプの和風調度品、モアイ提灯である。

「え!いらないの!?」

阿照は、慈円津の意外な反応に驚いた。さきほど、王に土産のモアイペナントをあげたところ、感動するくらい喜んでくれたのに。

「だって、ダサいんだもん。これだったら、私の魚醤をアッツイ区用に味をアレンジしてお土産にした方が断然いいわ」

ショックを受けている阿照に慈円津は容赦無く畳み掛けた。

「そうね、阿照さん。何かくれるんだったら、比毛(ひげ)さんのパワーストーン店の新商品『夫婦愛パワーストーン』が欲しいわ」

慈円津は、首をかしげてキメポーズをする。かわいいが、鈴子ほどではないし、何しろ慈円津はオスだ。阿照はそんな慈円津にため息の返答をしたが、ふと気がついた。パワーストーン店に行けば、鈴子に会えるではないか!パワーストーンばかり買うのはオスらしくないと雑誌メンズペンペンに書いてあったのを真に受けた阿照は行きたくても行かないようにしていたのだが、慈円津の付き添いであれば何ら問題はない。阿照の瞳に輝きが戻った。

「いいよ!慈円津さん、撮影が終わったら、店を閉めてパワーストーン店に行こう」

無謀なおねだりをすんなり聞き入れた上に、なぜか元気になった阿照を慈円津は不審に思ったが、撮影は順調に進んでいった。

「いらっしゃいませぇ」

パワーストーン店である。慈円津の後ろから阿照が伺うように入ってきた。出迎えたのは、鈴子……ではなく比毛である。

「あれ、比毛さん、今日は鈴子さんお休み?」

慈円津が比毛に聞いた。

「そうなんですぅ。鈴子ちゃん、アッツイ区に行ったら熱が出ちゃって、しばらくお休みなんです」

相変わらず媚びた裏声だ。阿照は、またもや運に見放された。これでは、なんの為に忙しい店を閉めてパワーストーン店に来たのか分からない。阿照が悶々としているその時、店の電話が鳴った。

「ちょっと失礼しますぅ」

比毛が電話に出た。

「はい、もしもし……えっ!」

驚く比毛の声は、地声の野太い声になっている。ただならぬ様子に、慈円津と阿照は、電話をしている比毛のそばに寄っていった。電話している相手の声が丸聞こえだ。

「だから、比毛社長!ペンギンモアイが大変なことになってるっス!」

「ス太郎くん、どういうことかね!?」

野太い声で比毛が聞いた。

「ペンギンモアイが、動いているっス!」

「動いているっス!」

「いるっス」

受話口からは、柄箱(がらぱこ)・柄箱川(がらぱごがわ)・柄箱山(がらぱごやま)の三人のス太郎たちの興奮した声が重なって聞こえてくる。

「アッツイ区の柄箱巣ス平(がらぱごす・すっぺい)区長が、黃頭ナンデモ研究所に調査を依頼しようとしたんスが、先方は不在らしいっス!」

「モアイたちが土産店からどんどん離れていってるっス!」

「このままじゃ、土産店の売り上げにも影響が出るっス!」

ス太郎たちの騒々しい声が受話器から鳴り響いている。いつの間にか、慈円津と阿照は、比毛の真横に来ていて会話に参加していた。

「比毛さん、そういえば、黃頭(きがしら)さんとマリンさんは、クラゲくんを連れてハネムーンに行っていてしばらく帰ってこないわよ」

「えぇ、そうなんスか!?」

ス太郎が比毛の代わりに答えた。

「黄頭さんの代わりになる人が行けばいいのよ」

「誰です、慈円津さん?」

比毛が裏声に戻り、慈円津に尋ねると、阿照も続いた。

「代わりになる人って王さんかい!?」

慈円津は、フリッパーを顔の前で左右に軽く振った。

「違うわ。代わりになるのは、わ・た・し!」

「慈円津さんが!?」

「まさか!?」

阿照も比毛も、意外な自選に驚くばかりだ。

「あらやだ、私、学生時代にミステリアス研究会に入っていたのよ」

慈円津は、おほほと高笑いをした。その後、

「その代わり、比毛さんの土産店に私の魚醤も置いて欲しいわぁ」

と言い、両目をしばたたかせてフリッパーを胸の前で合わせた。自分の可愛さを最大限に発揮しているポーズである。

その間も受話口からは、

「だから、誰スか!?じぇんつさんって?」

とス太郎たちの声が聞こえてくる。比毛は、コホンと軽く咳をした後、慈円津に言った。

「分かりました。では、慈円津さん、解決して頂けるのでしたら魚醤を土産店で委託販売して頂いてもよろしいです。売れるでしょうし、まぁ、こちらも損はないでしょう」

「了解よ!私、慈円津サエリ、ペンギンモアイの怪事件の捜査、頑張りまぁす」

慈円津は、右フリッパー曲げ先を額に近づけ、アイドル的敬礼をした。

「もー、じぇんつさんって誰っス?」

比毛は、やっとス太郎たちの電話に応答し、打ち合わせの会話をしだした。その最中、阿照がそっと慈円津に聞いてみた。

「ところで、慈円津さん、ミステリアス研究会ってなんだい?」

「ミステリアスな人物になるために努力をする研究会よ。私がオスなのにメスのようなアイドルになれたのもミステリアス研究会のおかげだわ」

「……というと」

「そう、ミステリーや探偵とは一切関係ないわ」

慈円津は、きっぱりとそう言うと、飛び切りキュートな笑顔でウィンクした。

「阿照さんも一緒に行かない?」

「僕は行かないよ、店が忙しいし」

その後、「どうせ土産店に鈴子さんはいないし」と阿照はブツブツ言っていたが、

「あ、でも、僕の名入れパワーストーンが落ちていないか、しっかり見てきてね!」

と慈円津に話しかけた。しかし、夫婦愛パワーストーンを選ぶのに夢中になった慈円津の耳には、もはや阿照の声は入ってこなかった。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第10章 アッツイ区のペンギンモアイ(2)、いかがでしたでしょうか?

モ、モアイが動いている!? それは、歩いているの? お腹ですべっているの? それとも、飛んで……? なんてことを気にしているのは柄箱巣ス平&バイトトリオ・ス太郎ズだけなのか、もはや興味を失っている阿照さんに、ビジネスチャンスに目を輝かせる慈円津さん(ミステリアス研究会て!)また大騒動が起こりそうな予感です。

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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