白黒スイマーズ 第5章 ロイヤル紅茶館 マナー教室(4)


「さぁ、着きました。海ですわ」

そう、ペンギンにとっての「素敵な場所」、それはひとつしかない。「海」である。貴族(きぞく)がマナー教室の生徒達を案内した場所は、もちろん海だ。

沖には漁に出ているペンギン達がたまに黒い頭を海上に出しており、魚群の鱗の光がチラチラと波間にきらめいている。

海をじっと見ていたイカ墨で顔が黒くなっている貴族は、豊満な体を揺らしながら後方の生徒達の方に振り向いた。

「第二部は、実技です。『おさかな道』は、『美味しいものは、より美味しくいただく』のが基本です。皆さんご存知の通り、おさかなは、ご自宅で食べるより、獲ったその場で食すことが一番です。この二部は実技指導とともに、ランチも兼ねています。さぁ、海のレストランで、存分に美味しいおさかなを召し上がれ」

貴族は、「では、参りましょう」と海に向かってペンペンと走り出した。後から、順子が続き、仲良しの房子(ふさこ)とルトトがフリッパーを繋ぎながら続いた。その後ろを真軽仁(まかろに)がつまずきながら遅れて走る。クラゲは、ゆらゆらと漂いながら、空中でゆっくりと追った。

貴族を先頭にして、クラゲ以外の生徒達は次々に海に入った。皆、水を得たペンギン、まさに生き生きペンペンとしている。スイスイと泳ぎ、水深の深い場所まで来た。貴族が水中で、身振り手振りで何かを伝えようとしている。魚群をフリッパーで指しているので、実技開始という合図のようだ。

いち早く順子が、魚群に向かって泳ぎだした。するとすぐ隣に貴族が並泳している。貴族はすぐに順子を抜かし、順子が狙っていた大きな魚を捕らえ飲み込んだ。貴族は、後から追いついた順子に近づくと、順子の泳法フォームの体のあらゆる箇所を触った。美しい流線型になるように順子の体を直しているのだ。最後に尻をグイっと力強く押す。貴族の強い力で押されて泳ぎだした順子であったが、フォームを直されたため、先ほどの泳ぐスピートより格段に速くなっている。「すごい!こんなスピード初めて!」順子はすぐに、大きな魚を捕まえ、華麗に飲み込んだ。

貴族は、そんな順子の様子を見届けると、今度は、フリッパーをつないだまま泳いでいた仲良しの房子とルトトの間に、勢いよく泳いで割り込んでいった。やっと離れた二人に、貴族は、えらい剣幕だ。

クチバシをパクパクさせている。房子とルトトは、貴族のクチバシの動きとその態度から、

「ひとりでおよげ!ぼんくらがっ!」

と言っていることを感じ取ると、「またね」とフリッパーを振りあい、別れて泳ぎだした。そんな房子とルトトに、貴族は、泳法フォームを美しい流線型になるように直すと、尻を押した。順子同様、二人の泳ぐスピードは抜群にアップしている。

最後に、貴族は、一人遅れて泳いでいる真軽仁の目の前に立ち塞がった。

「ごごごごごっっっ!」

貴族は、クチバシをバカっと大きく開いた。クチバシからは泡が舞い上がる。威嚇である。ひるむ真軽仁に貴族はフリッパーを大きく広げさらに脅すようなしぐさをする。真軽仁が驚いて泳いで逃げると、貴族は恐ろしい形相で追いかけてきた。真軽仁は、貴族に追いつかれないよう必死だ。無我夢中で泳いでいるうちに、体は自然と無駄のない流線型となっている。そんな真軽仁の目の前に大きな魚が現れた。真軽仁は、自然とそれをクチバシで捕らえ、ゴクリと華麗に丸呑む。後ろを振り向くと、笑顔の貴族が、真軽仁に向かいガッツポーズをとっていた。

順子・房子・ルトト・真軽仁、ペンギンの生徒達は、貴族の指導のお陰で、速く泳ぐコツを得て、海を高速に泳いで次々と魚を捕らえている。

そんなペンギン達が泳いでいる海の上では、クラゲが一人、ふわふわと浮いていた。

「ペンギンは、泳げていいなぁ。クラゲくんは、新種のクラゲだから泳げないからなぁ……」

クラゲは寂しそうだ。すると、不意にザバッと海からペンギンの頭が飛び出した。貴族だ。

「クラゲさん!もっと速く動きなさい!海に入れないなら、空中をもっと速く泳ぎなさい!私たちの動きを真似しなさい!」

貴族の熱血指導にクラゲは、素直にうなづいた。

「きそくさん、分かったよ!」

クラゲは、早速、海の中のペンギン達に合わせ、移動したりくるくる回ったりしだした。

「わぁ、実技って楽しいなぁ」

こうして、マナー教室第二部の実技は順調に進んだ。しばらくして、ランチも済んだ貴族と生徒達は、次々と浜辺に上がってきた。

貴族の顔は元の色白に戻っている。そして、ランチで腹を満たした生徒達も貴族のようなふくよかで美しい豊満な体になっていた。

貴族は、黄色い長い髪をかきあげ、水しぶきを散らしながら言った。

「皆さん、実技はいかがでしたでしょうか?泳ぎ方のクセを直してあげたので、皆さん素晴らしい上級スイマーになられましたね」

水がしたたるペンギン達は、嬉しそうだ。

「また、泳ぐスピードが速くなるというのは、漁のためだけではありません。私たちの天敵アザラシと会った時に逃げるためでもあるのです」

アザラシ、という貴族の言葉を聞いて、満腹で緩みきっていた生徒達に顔に緊張が走った。しかし、貴族は、皆の緊張をほぐすように優しい声でゆっくりと話を続けた。

「皆さん、いつでも、お腹も心も満たされていなさい。そうすれば、他人にも優しくなれます。自分に優しくないペンギンは、他人にも優しくなれません」

そう言うと、貴族は不意に海に向かった。そして、両フリッパーを合わせた。合掌のポーズだ。無言である。順子が貴族の背中に問いかけた。

「……貴族さん、何をなさっているの?」

貴族は、姿勢を崩すことなく答えた。

「これは、頂いたおさかなの命に対してお礼をしているのです。これは『おさかな道』の要です。さぁ、皆さん、ご一緒に……」

生徒達は、貴族に習い、海に向かい合掌した。クラゲもふわふわ浮きながらも神妙に触手を合わせている。しばらくして、貴族が生徒達の方を振り向いた。

「これで、体験1日コースは終了です。では、ロイヤル紅茶館に戻ってティータイムにしましょう。そうそう、皆さんに修了証書を差し上げますわ」

貴族は、貴族的に優雅に微笑んだ。

*  *  *

ロイヤル紅茶館のマナー教室の体験1日コースから数日経ったある日のことである。おさかな商店街の街角で、慈円津(じぇんつ)と黄頭(きがしら)が偶然に出会った。黄頭の頭上には相変わらずクラゲが乗っている。

「やぁ、慈円津さん、この間はどうも。そういえば、順子さん、マナー教室の後どう?」

問われた慈円津は複雑な表情だ。

「順子、明らかにたくましくなったの……。嬉しいような、嬉しくないような……。クラゲくんはどう?」

慈円津の問いを聞いたクラゲくんは、クルクルといつも以上に空中を回転しだしている。

「うん、回転するスピードが少し速くなったよ」

黄頭はそう言うと、「ふふ」と笑い、頭上の回り続けるクラゲを見つめた。

ロイヤル紅茶館のマナー教室は、素晴らしい真のレディに仕上げてくれる。強くたくましくなりたいメスと、回転スピードを速くしたい新種クラゲのみならず、人間のメスにも是非お勧めしたい教室なのである。とは言っても、人気の教室なので、受講できると確約できないのが残念だ。

(第5章 ロイヤル紅茶館 マナー教室 おわり)

※次回は「第6章 皇帝のいない世界」です。お楽しみに!


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第5章  ロイヤル紅茶館 マナー教室(4)、いかがでしたでしょうか?

貴族貴子先生の高速美容泳法、習得すればもう、スイマーズの中のスイマーズ!人気で予約がいっぱいな上に連絡先が謎に包まれているのが難点ですが、ぜひ受講してみたいものですねえ。次回は新しいお話です。高速かつふくよかなレディとなった真軽仁、ルトト&房子、慈円津順子、そしてクラゲくんは大活躍……するのか!?お楽しみに!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>