「まいど~!酒屋の配達でーす」
氷屋のドアを開いて現れたのは、配達の荷物を抱え、前掛けをした大きめの中型ペンギン、王である。
王は、店内に入ろうとして、頭上の二つの長い突起物をドアの上部に引っ掛けてのけぞった。
「ひゃっ!危ない危ない!大切なカチューシャが……」
身をかがめて店に入ってきた王を見た阿照(あでり)と皇帝は、やれやれといった様子だ。
「王さん、仕事中はそのカチューシャは外した方がいいと思うよ」
阿照が、イワシを丸のみしながら言った。
「それはできないよ、阿照さん。だって、このシュレーターズカチューシャって、すっごく格好いいだろ?しかも、慈円津(じぇんつ)さんが、私のために大きいサイズに作ってくれたんだ。1秒だって外す訳にはいかないよ」
「王さん、ずっと付けてて痛くないの」
皇帝が、首をかしげて尋ねた。
「大丈夫!!慈円津さんが改良したから見た目に劣らず付け心地も最高さ」
そのカチューシャは、元々はシュレーターズのメンバーのシュレーターペンギンの髪型を模していたはずであった。……が、もはや、それは違うものだ。カチューシャのトサカは、王の顔一個分の高さはゆうに越し、色も黄色ではなく金色。ラメまで入っている。さらに蛍光塗料が塗られているので、夜には稲妻のように光るらしい。いや、クリスマスのツリーの電飾の方が近いだろう。大きい王がそれをつけるとかなり目立ってしまう。とにかく吹き出して笑いそうになるインパクトなのだ。
「まぁ、酒屋の仕事は真面目にしているからいいじゃない」
皇帝が助け舟を出したが、阿照は、細い目をしておさかなフラッペをシャリシャリいわせて不満げだ。
「仕事はしているかもしれないけどさ、……王さん、何か忘れてない?」
「え?何?シュレーターズのツアーチケットなら全部手に入れたよ?」
配達の荷物を運び終えた王は、慌てたように阿照のテーブルに近寄ってきた。
「違うよ!商店街の会長の仕事!」
阿照は、クチバシからシャリシャリのフラッペをペンペンと飛び散らしながら言った。
「……えっ!」
「忘年会だよ!どうするの!?」
「あー!忘れてたー!」
王は、本当に忘れていたようだ。
「どうしよう……。忘年会の準備をしている余裕はないよ……。シュレーターズのライブと仕事で予定がいっぱいだよ……」
直情径行気味な王は、「あちゃー」と何度も言いながら大仰に頭を抱えて下を向いた。トサカは阿照のおさかなフラッペのすぐ真上で揺れる。フラッペを自分の方に引き寄せた阿照は眉間にシワを寄せた。そして、わざと音をシャリシャリ立ててフラッペをペンペンと食べている。暗澹とした雰囲気が漂い始めてしまった。
「なんとかしなければ……」
皇帝は、二人を見つめながら、そっと自らの腹を撫で出した。王が、「あちゃー」と言う度に、阿照のシャリシャリ音は大きくなる。それにつられて皇帝の腹撫でスピードも速くなる。そして、阿照がおさかなフラッペを食べ終えると同時に、腹撫での効果が発揮され、皇帝の頭に名案が浮かんだ。
「そうそう!今まで、忘年会を王さんに任せっきりだったのも悪かったよね。どうだろう、今年の忘年会は、別の人が取り仕切るのは?」
顔を上げた王は嬉しそうな表情である。
「さすが、皇帝さん!それいいね!忘年会長だね」
そして、意味ありげに阿照をちらりと見た。
「……阿照さんはどう?」
恐る恐る王は小声で言うと、皇帝もすぐさま肯定した。
「いいかもしれない。だって、阿照さんは、それほど店が忙しくないし」
それを聞いた阿照は、短い毛を逆立てた。丸い目はさらに丸くなっている。
「ひどいな、二人とも!僕だって、忙しいよ!」
「ご、ごめん……阿照さん……」
王は、反省したように体を小さくした。そして、所在無気にフリッパーを前掛けのポケットにいれた。すると、ポケットの中のフリッパーの先に何か小さな固い物が当たる。「ん……?」次の瞬間、「これだ……!」と思い、ポケットからそれを取り出した。
「そう!阿照さんが忘年会長になってくれたら、この小石をあげるよ!」
前掛けから出したフリッパーに握られていたのは小石だ。それは、ペンギン的に素晴らしく良い感じの最高に素敵な小石である。阿照は、その小石を見ると、逆立っていた毛が元に戻った。
「……いい小石だね」
阿照は、王から小石を奪い取った。
「その小石は、ヒゲペンギンの比毛ボーボ(ひげ・ぼーぼ)さんからもらったんだ。比毛さんにシュレーターズのチケットを手配してあげたお礼にくれたんだよ。すごくいい小石だけど、私はもう少し大きい小石の方が好みだから、それ、阿照さんにあげてもいいよ」
「えっ!本当に!……この小石、くれるの?」
王を見る阿照は上目遣いだ。
「もちろんいいよ!忘年会長を引き受けてくれたらだけど……」
王の言葉を聞くと、阿照は、小石を大事そうにフリッパーの上で転がした。
「……そうだね……仕方ないから、忘年会長やってあげてもいいよ。まぁ、僕も忙しいんだけどね」
王は、うまくいったといったとばかり、こっそりと皇帝に向かってガッツポーズ。皇帝も安心した様子だ。そして、何気なく、
「阿照さんも小石を集めるお年頃か……」
としみじみと口にすると、阿照は慌てて顔を左右にペンペンと振った。
「……そ、そんなことないよ……、ただちょっとだけ興味があるだけ、だよ。こんな小石、そんな大したことないし……」
その言葉を真に受けた王は、残念そうに、阿照のフリッパーの上の小石を取りあげた。
「そっか……じゃあ、この小石はいらないね」
「……えっ!?……いやっ!いるっ!」
焦る阿照に、すかさず皇帝が念押しをする。
「忘年会長もするよね?」
「うん!やる、やる!やりたい、やりたい!」
阿照は、小石を再び王から奪い返し、両フリッパーで大事そうに包み込んだ。
「阿照さん、私も出来る範囲で手伝うよ」
いかにも微笑ましいといった様子で喉を鳴らして皇帝が言った。
こうして、ペンギン的にはとっても素敵な小石と引き換えに、阿照は忘年会長に任命されたのであった。
( つづく)
浅羽容子作「白黒スイマーズ」第3章 ホドヨイおさかな忘年会(2)、いかがでしたでしょうか?
すっかり弾けてしまった王さんの妙な扮装……よりも気になる、小石?を集めるお年頃!?ちょっとこの世界のペンギンたちのことがわかってきたような気分に冷水、いや氷水、いやいやおさかなフラッペを浴びせるような謎が出現。どうなる、忘年会と素敵な小石。待て、次号!
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