白黒スイマーズ 最終章 いついつまでもペンペンと(1)


穴だらけになってしまったペンギン世界は、全区一丸となったペンギンたちの努力により崩壊を免れた。今は、あちこちで崩れてしまった店の修復や再建をしている真っ最中だ。古潟(こがた)の水道店、羽白(はねじろ)の大工業は大忙しである。ホドヨイ区では、店に被害がなかった皇帝や王は、自身の店を休業にして羽白組の仕事を手伝っている。貴族も自分の店が全壊したにも関わらず、

「ロイヤル紅茶館の建設は最後でいいですわ。でも、一番素敵にして欲しいの」

と、羽白組に大工として参加中だ。もちろん、一番仕事っぷりが良いのは貴族であることは言うまでもない。

「貴族さんは、スーパーウーマンだな」

王が木材を運びながら皇帝に話しかけた。

「うん。そうだね。でも、貴族さんは若い頃、美しくしとやかなお嬢様だったんだ。色々経験していって、強くなっていったんだよ」

「へぇ、意外だなぁ。メスっていうのは、年をとると強くなるもんなのかね」

「私の種族は、メスもオスも若いうちから忍耐強いけど」

「そりゃ、皇帝さんのようなエンペラーペンギンは別さ。あんな氷の地で生まれ育てば忍耐強くなるさ……って、イテっ」

私語をする二人の頭にフリッパーチョップが当たった。

「おしゃべりしないでフリッパーを動かしなさい。皇帝さまと王さまとあろうお方たちがっ!」

声のする頭上を見ると、貴族が飛んでいた。皇帝たちよりも大きな木材を軽々とかついでいる。

「はい……」

「はい……」

ばつが悪そうに、叱られた皇帝と王はクチバシを閉じ作業を再開し始めた。

「皆さーん、お疲れ様ー」

そこに、慈円津(じぇんつ)が現れた。フリッパーに持っているのは、差し入れの魚醤ジュースだ。

「差し入れ持ってきたわよー」

「お、慈円津、いつもわりぃな。皆、差し入れだぞー。小休止にしようや」

集まってきた羽白組の大工たちに魚醤ジュースを配ったあと、慈円津は皇帝たちの元にやってきた。

「皇帝さんたちもお疲れ様。はい、どうぞ。魚醤ジュース、うちの新商品よ」

「やぁ、慈円津さん、ありがとう」

「あら、貴族さんは飛んでいるのね」

慈円津は、空に飛んでいる貴族に向かい魚醤ジュースを投げた。貴族は、見事に受け取り、「まぁ、ありがとう」と飛びながら飲んでいる。慈円津は、休憩で木材の上に座っている皇帝たちの隣に座った。

「大変ね、お手伝い。私もお手伝いしたいのは山々だけど、カチューシャ屋の倉庫に穴が空いたおかげで、店内がめちゃくちゃなのよ。順子と片付けているけど、店の再開は少し先になるわ」

余った魚醤ジュースをペンペンと飲む慈円津に、皇帝も王も心配そうだ。

「じゃあ、アイドル活動の方もしばらくお休みかい?」

皇帝の問いに王が割って入った。

「でも、慈円津さん、昨夜のアイドルイベントに出てたよね? アイドル活動は続けるよね? ね? ね?」

「……それが、ちょっと」

慈円津は、伏し目がちになって、魚臭いため息をついた。

「どうしたんだい!?」

悲しげな慈円津の様子に、王は魚醤ジュースを飲む動きが止まる。

「いえね……私、もうアイドルは引退しようかなぁ……なんて……。王さんも、私よりもシュレーターズのファンになっちゃったし」

「ち、違うよっ、違うこともないけど……いや、違う! 私は慈円津さんのファンでもあるよ! なにを言うんだいっ!」

慈円津は上目遣いでチロリと王の揺れるシュレーターズカチューシャを見て、首を左右に振った。
「それに、鈴子さんが……ね」

慈円津は意味ありげに、なで肩を落とし、またもや魚臭い深く長いため息をついた。

* * *

その頃、阿照(あでり)は、古潟の水道店の手伝いをしていた。手先が器用な阿照は配管の細かい作業を担当しているのだ。

「おっ、阿照、結構やるじゃねぇか。うちの水道店に勤めて欲しいくらいだぜ」

「転職か……それもいいかも……」

意外な阿照の返答に古潟は動揺した。

「何言ってやがんだ、お前、プロマイド屋だろ? あんなに楽しんで仕事してたのによぉ、どうしたんだよ」

古潟は、阿照の丸い尻部をペンと叩いた。

「……だってさぁ」

阿照はパワーストーンが入った胸の巾着をフリッパーで無意識に触っていた。昨夜のことを思い出すと、阿照の若いハートがズキズキと痛む。

復興作業が進む中、楽しい気分になりたいというペンギンたちからの要望があり、岩飛(いわとび)のライブハウス「フィッシュぼーん」がいち早く再開されていた。そこで、ロック好き以外の老若男女でも楽しめる新しい企画、「ペンギンアイドル・ナンバーワンを探せ!」が催されたのだ。出場は自薦・他薦どちらでもよく、慈円津は自薦で出場。そして、鈴子も他薦により出場していた。結果は、鈴子が1位、慈円津が3位であり、なんと2位はあの真軽仁(まかろに)だった。真軽仁は、書道界のアイドルとして、老人達に絶大な人気を誇っているのだ。若者票を得た鈴子にも、老人票を得た真軽仁にも負けた、プロのアイドル慈円津がむくれるのも仕方がない。結果発表後のアイドル・トップ3による握手サイン会も最悪だった。慈円津はプロらしからぬ、ぷんぷんペンペンと毛を逆立てた状態でファンに冷たい対応をしてしまい、それが鈴子の清楚な雰囲気をさらに際立たせてしまった。一方、真軽仁は自慢のイカ書道でイカ臭いサインを書き、老ペンギン達のハートを鷲掴みだ。そんな状況の中、慈円津の八つ当たりが鈴子に及ばないよう、鈴子を推薦したあるペンギンがボディガードのように鈴子に付き添っていた。そのペンギンは阿照ではない。阿照は鈴子を推薦していない。なぜなら、鈴子がこれ以上人気者になってしまうと自分から離れていくのは目に見えているので、阿照が推薦などするはずがないのだ。鈴子を推薦したペンギン、それは、阿照山カッコ好(あでりやま・かっこよし)である。阿照や鈴子と同じアデリペンギーのカッコ好は、とても格好良いイケペンだ。丸くしなやかな肢体に、涼やかな目元、ツヤのあるクチバシ、細く長いフリッパー、どれもとっても格好良い。阿照よりもだいぶ年上で大人の魅力も十分備えている。そんな格好良いカッコ好が鈴子と親しげに言葉を交わし、そばからずっと離れようとしないのだ。美しい二人を見た阿照の心は、千々に引き裂かれた。

「僕の鈴子さんが遠くに離れてしまう……」

嫉妬の気持ちとともに、カッコ好を見ると、いたたまれないほどの自信のなさも沸き立ってくる。阿照は気持ちを落ち着かせるために、そっと豆絞りの手ぬぐいを被った。鈴子が阿照に被せてくれたあの豆絞りである。豆絞りをクチバシの上で結んだ阿照は、少し心が落ち着いた。鈴子と話さなければならないことがある。意を決してカッコ好と話す鈴子の元に向かった。

「鈴子さん、今度のプロマイドの撮影だけど……」

豆絞りの奥から懇願するような丸い目で鈴子を見つめる。

「阿照さん、ごめんなさい。パワーストーン店の壊れた部分の修復を手伝わなきゃいけないし、他にも用事ができちゃって、しばらく撮影は無理だわ」

「あ、そぉ……」

阿照はなで肩をガクリと落とした。すると、そばにいたカッコ好が、なぜか鈴子の代わりに答えた。

「申し訳ないですね」

カッコ好の視線は、阿照の豆絞りに注がれている。カッコ好は、その豆絞りを見ると「ふふ」とクチバシの先で笑った。「笑われた!」そう阿照が思った瞬間、カッコ好は阿照から視線を離し、何事もなかったかのように鈴子に話しかけた。

「で、鈴子さん、先ほどの件だけど」

阿照の目の前でカッコ好と鈴子の談笑は再開された。会話に入れない阿照は、美しい二人の前でポツンと一人、立ちすくんだままであった。

* * *

「じゃあ、今日の作業は終了! 皆、お疲れ!」

古潟の一言で水道店の今日の作業は終了だ。

「阿照も手伝ってくれてありがとよ! 腹減ったろ? 今から、一緒に海に漁に行かないか?」

「うん、ありがと。……でも、やめておくよ」

阿照は古潟からの誘いを断った。腹は空いているが一人になりたいペンペンとした気分なのだ。傷心の阿照は自分の店に戻るため、おさかな商店街を歩いた。復興は着実に進んでいるが、まだまだ全壊や半壊したままの店も多い。阿照の目に、ある崩れた店の塀に貼ってあるポスターが入った。真新しいポスターである。阿照は吸い寄せられるようにそのポスターに近づいた。

「えっと……『ペンギン世界が変わる今こそ、冒険に出よう』?」

そのポスターには、何かを指し示すかのように片フリッパーを真横に突き出し、ポーズを決めたペンギンが写っている。

「『ペンギン冒険隊・隊員募集中』……隊員!?」

阿照は、ポスターの前に釘付けになってしまった。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」最終章 いついつまでもペンペンと(1)、いかがでしたでしょうか?

ついに最終章に突入。字が涙で曇って見えな……えっ、真軽仁サラ世が書道アイドルに!? 全国真軽仁ファンのみなさま、聞きました? 貴族貴子先生は相変わらず清く逞しく美しく、慈円津さんは引退の危機、阿照さんは迷走してちょっと怪しげなポスターに吸い寄せられるし、まだ泣いてる場合じゃありません、乞うご期待!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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