阿照(あでり)は、小石を巾着から取り出して眺めていた。忘年会長の任務に就く見返りとして得た小石である。
「本当に素敵な小石だぁ……」
阿照は、その小石を入れた小さい巾着を首から吊るしている。そして、時折、中からそれを取り出しては眺める。明るい未来がその灰色の薄汚れた小石に秘められているような気がして、くすぐったい気分になるのだ。小石を集め始める年頃のペンギンにありがちなことであろう。
ペンギンにとって、小石とは巣の素材であり、プロポーズの指輪代わりである。素敵な小石を持っている方がモテる。これはペンギン常識である。そのほか、小石を飲んで体重を増やし、漁の潜水をしやすくすることもある。胃の中の小石は、魚をすり潰して消化を助けるという利点もあるのだ。
また、この世界のペンギン達は、建築された家屋に住み近代的な生活をすることが多いが、お見合いや結婚・出産などの重大なイベント時には、ペンギン本来の野生的な生活をする。なので、小石を「飲まず」に「集める」ということは、そろそろ……ということなのである。阿照も、もういいお年頃。小石を集め出すのが遅いくらいである。
そんな阿照だが、毎日真面目に忘年会長の仕事に励んでいた。努力の甲斐あり忘年会の準備もほぼ終わり、少しゆとりができたようだ。久しぶりに息抜きにやってきたのは皇帝の氷屋である。
「よ!忘年会長、いらっしゃい!」
「やぁ、忘年会平会員の皇帝さん、こんにちは」
阿照は会長らしく、むやみに堂々として、のしのしペンペンと店に入った。
「阿照さん、今年の忘年会は、おさかな商店街の閉店後に夜の浜辺ですることになったらしいけど、大穴の近くではないよね?」
「うん、もちろん。大穴からは離れたところだから大丈夫だよ。あと、ステージも作るんだ。慈円津(じぇんつ)さんのアイドルショーもあるよ。王さんがシュレーターズに出演交渉をしてくれているし、盛り沢山だよ」
「すごいな!忘年会長!では、私は、おさかなフラッペや氷を差し入れよう」
皇帝は、フリッパーで自身の胸を叩いた。
「ありがとう、皇帝さん!王さんも清酒魚盛を差し入れてくれるって。僕はお酒飲まないけど、みんな喜ぶと思うな」
「楽しみだな」
「でしょ!」
阿照は忘年会を夢想し、フリッパーで無意識に胸の巾着をもてあそぶように触った。
* * *
そして、おさかな商店街の忘年会の当日である。会場の浜辺には照明が取り付けられて、夜でも程よい明るさだ。海辺に向かい設けられた簡易ステージの前には、テーブルが幾つも並べられている。その上にあるのは、沢山の魚介類や酒などのご馳走。全ては、阿照忘年会長の手腕によるものである。そう、準備は万端だ。
忘年会スタートの時間が迫り、おさかな商店街で働く面々やその家族が集まりだした。
皇帝や慈円津や順子にジュリー、サマ春やサマ雪、そして黄頭もいる。大勢のペンギン達がペンペンとした様子でスタートを待ちわびている。
薄暗いステージでマイクチェックをしていた岩飛(いわとび)が、時計を見て、準備に大あらわな阿照にフリッパーを振って合図を送った。
「岩飛さん、OK!」
阿照も岩飛に合図を送る。
ステージがオレンジ色の照明に丸く照らされた。その中央に堂々とマイクを持って立っているのは司会の岩飛だ。
「おさかな商店街のみんな、お待ちかねの忘年会スタートの時間だ!今日は楽しもうぜ!」
ペンギン達の大歓声で会場は満たされた。一際大きな声で岩飛が言った。
「では、かんぱーい!ペンペーン!」
「ペンペーン!」
乾杯のグラスが触れ合う音が、夜の浜辺に響き渡る。忘年会のスタートだ。
「早速だが、我らがアイドル、慈円津サエリのアイドルショーを始めるぜ!サエリー!カモーン!」
呼ばれた慈円津が、ねじりハチマキをしめ、しなやかにステージに登場した。拍手や歓声が大きく鳴り響く。
「こんばんは、皆さん。今日は、私の新曲『順子・まいらぶ』聞いてください」
慈円津のかわいい踊りや愛らしい歌に、早くも、会場は大盛り上がりだ。
忘年会の好調な出だしにホッとした阿照は、少し落ち着いて会場を見渡した。
端の方で、順子がジュリーを抱いたまま夫サエリのステージを地味に見守っている。その手前のテーブルでは、「うむうむ、んまい……」と皇帝が、いつも以上の食欲で、ご馳走を次々と平らげている。サマ雪は、おさかなフラッペに夢中になり、サマ春は他のペンギン達と談笑中だ。黄頭は、会場の後方で魚盛を片手に慈円津の美声に聞き入っている。その隣にいるのは、ふわふわと浮かぶ半透明の丸い人……これはペンギンではない……!
「あれ?誰だ?」
阿照は、不審に思い、すぐにその闖入者(ちんにゅうしゃ)に近寄っていった。闖入者は、周りのペンギン達に感化され楽しそうである。阿照は、闖入者の正面に立った。トラブルに対処するのも、忘年会長の仕事である。
「もしもし、あなたはどなたですか?」
闖入者は、少し体を縮めた。
「……え?僕……?」
その闖入者は、白く半透明な丸い体(もしくは頭部)とその下に太めの触手のようなものがいくつか付いている。クラゲのような体付きである。目は、破けたような星形で、口は横一文字だが、喋るたびに自在に形を変える。クラゲだろうか、クラゲかもしれない、阿照は思った。
「あなたは、クラゲですか?」
その闖入者は、体を少し膨らませた。
「……うん、多分、クラゲ。僕、クラゲくん!」
「でも、変わったクラゲだね。陸にいるし、しかも浮いているし。あなたは、新種のクラゲなんですか?」
「うん、僕、新種のクラゲくん、だと思う……」
「なんで、ここにいるのですか?」
阿照忘年会長は、尋問を続けた。
「……わかんない……僕、覚えていないよ……」
クラゲは、口元をへの字にし、ふわふわと寂し気だ。阿照はかわいそうに思ったが、忘年会長として厳しくしなけらばならない。同情心を追いやり、気を引き締めた。
「クラゲくん、困るな……。これはおさかな商店街の忘年会だから、部外者が入ってもらっちゃ困るんだよ」
クラゲは、体をクシャクシャと小さくし寂しそうに浮いたままである。
その二人のやりとりを横でずっと聞いていたペンギンがいる。黄頭である。黄頭が、阿照の方にくるりと顔を向けた。
「阿照さん、いいじゃないか。その人、記憶喪失なんだろ……?今日は忘年会だし、許してやれよ……」
威圧感たっぷりのレモン色の鋭い目つきだ。阿照は、一瞬でその眼力に圧倒されてしまった。
「黄頭さんがそう言うなら……」
黄頭から視線を外し、阿照はすごすごペンペンと立ち去ろうとした。その瞬間、阿照は落ちていたイカを踏んでしまった。
「あっ!」
阿照は、バランスを崩す。そして、その拍子に、首にかけた巾着からコロコロと大切な小石が転げ出ていく……。小石は軽やかに転がり、クラゲの真下で止まった。
「なにこれ?美味しいのかな?」
クラゲは、ふんわりと地上に降り、阿照の小石を拾うと、躊躇なく口の中へとゴクリとひと飲み。
「……あぁぁぁぁぁぁっ!!」
阿照は悲痛な叫び声を上げたが、忘年会の騒々しさにかき消されていってしまった。
( つづく)
浅羽容子作「白黒スイマーズ」第3章 ホドヨイおさかな忘年会(3)、いかがでしたでしょうか?
つ、ついにおさかな商店街忘年会が!
つ、ついにペンギン以外のひとが!
つ、ついに阿照さんの小石が!
いろいろ不思議があり過ぎて目眩がしますね、師走ですからね。この騒ぎ、一体どう収まるのでしょう?次回も、ペンギン・まいらぶ♪
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