白黒スイマーズ 第6章 皇帝のいない世界(2)


「張り紙に血がついている……!」

皇帝の氷屋に近づいた王は、その張り紙を見て口走った。その声で、店の前にいた見知らぬペンギンが振り向いた。ケープペンギンだ。

「あ……」

ケープペンギンは、王を見て一瞬驚いたが、すぐに安堵の表情となった。

「その血がついた張り紙……!これは一体……?」

動揺した王は、シュレーターズカチューシャを大きく揺らしながら、ドアに近づいていく。

「分かりません……。僕は、ただの客なので……」

そのケープペンギンが、王の独り言のような問いに答えた。ドアに近づいた王は、その張り紙を間近で見た。やはり紛れもなく血痕そのものである。しかも、血で張り紙に書かれている文字がほとんど読めなくなっている。かろうじて、右下の最後の一文「氷屋店主 皇帝ペン一郎」だけが読めた。

「……皇帝さん……何があったんだ……」

「……あの……」

茫然自失としている王の背中に、その見知らぬケープペンギンが声をかけた。

「僕、おさかなフラッペを食べに上京してきた景布アフ信(けいぷ・あふのぶ)と言います。楽しみにして来てみたら、こんなことになっていて……」

景布は、困ったように首を傾げた。

ケープペンギンの一族は、アッツイ区寄りのヌルイ区に住んでいる。フンボルトペンギンに良く似た見た目であるが、胸の帯がフンボルトより少し細く、目の回りのピンクの皮膚がフンボルトより狭い。景布アフ信と名乗るそのケープペンギンは、模様の形状や羽毛の状態から見ると、まだ年若いペンギンのようである。

王は、振り返って首を傾げたままの景布を見た。景布も、王を見つめている。否、王の「カチューシャ」を見つめている。景布のクチバシが開いた。

「……こんな時に言ってもいいのか分かりませんが、もしや、あなたはシュレーターズのファンですか?」

王は、景布の意外な質問に咄嗟に答えた。

「もちろんです」

「実は、私もです」

景布はそう言うと、持っていたボストンバックの中から、ある物を取り出した。それはシュレーターズカチューシャである。しかも、王と同じように、飾り羽が長く派手に改造されている。大きさは違うが王のカチューシャと瓜二つだ。景布はそれを頭に付けた。そして、ボストンバックをギターのように抱え、ギュイイーンと弾く真似をして見せた。

「おう!」

「おう!」

チンドン屋のようなカチューシャを付けた大小の二人は、フリッパーをタッチした。早くも意気投合だ。

「私は、おさかな商店街の会長で酒屋を営む王サマ義(おう・さまよし)と言います。景布さん、よろしく」

「王さん、よろしく!」

一瞬はしゃいだ王ではあったが、血の付いた張り紙を思い出し、また心配そうな表情に戻った。そんな王に景布は、気の毒そうな様子で語った。

「僕、おさかな商店街で人気のおさかなフラッペが食べたくって初めて上京してきたんです。でも、店は閉まっているし、血がついた張り紙はしてあるわで……。店主の人は大丈夫なんでしょうか?」

「景布さん、そうなんだ。私もすごく心配なんだよ。……そうだ!隣のプロマイド店の阿照(あでり)さんが、皇帝さんと仲が良いし、きっと何か知っているはずだよ」

王は、「これを見せよう」と、ドアの血の付いた張り紙をそっと剥がした。そして、二人は、シュレーターズカチューシャを揺らしながら、阿照の店に向かった。

阿照の店のドアノブには、「休憩中」というプレートが掛かっている。

「……あ、この曲は……」

中からポップな音楽が聞こえてくる。アイドル慈円津(じぇんつ)のヒット曲「順子・まいらぶ」である。ノックをしたが聞こえないようだ。王は、そっとドアを開けた。

すると、大音量の店内の中央に阿照がいた。王達が入ってきたのに気づかない。なぜなら、阿照はあることに夢中になっているからだ。クチバシをまっすぐ天に高くあげ、フリッパーを斜め横に伸ばし背を伸ばしている。ロケットのような姿勢だ。顔は恍惚の表情で、目は大きく見開いている。しかし、何も目に入っていない無心の状態のようだ。

「クァークァー!」

慈円津の曲に合わせ、喉を鳴らしてフリッパーを振った。これは、例のポーズ……求愛ポーズである。しかし、その後が奇妙だ。下ろしたフリッパーの先だけを外側に直角に曲げた。腰を落として、足をぴょこぴょこ上げてリズミカルに歩く。そして、また立ち止まっては、最初のロケットに戻る。通常の求愛ダンスに、別の何かがアレンジされているのだ。そう、このアレンジは小石チェーン店で比毛ボーボ(ひげ・ぼーぼ)に教えてもらったヒゲダンスである。しかも、阿照のクチバシの先に小石店でもらった付けヒゲがついている。もちろん小石入りの巾着を首から下げている。

阿照は夢中になり何度も同じ動きを繰り返している。求愛ダンスの練習をしているのであろう。熱意は伝わってくるがダンスは下手だ。忘年会のステージで披露した時よりも格段に下手になっている感じすらある。

「クァークァ……」

入り口でじっと見つめる王と景布の視線と阿照のつぶらな瞳がぶつかった。阿照の動きがピタリと止まる。ちょうど曲も終わり、プロマイド店は静寂に包まれた。

奇妙なダンスを見てしまった王は、耐えきれず、

「くくくっ」

と笑いを漏らす。景布は、

「うまい盆踊りですねぇ」

と追い討ちをかけるように言う。そう、景布は、それが求愛ダンスであるとも気がつかなかったのだ。

阿照の顔は、見る見る間に赤くなる。(見た目は黒いままだが)

「王さん、笑うなんてひどいよ!それに、変なカチューシャを被っているそこのペンギン!こっそりのぞくなんて!」

すごい剣幕だ。

「待ってよ……ちょっと皇帝さんのことを聞きに来たん……」

怒った阿照は、王の腹をフリッパーでペンペンと力強く押した。

「出てってよ!」

阿照は、憤怒の力で、グイグイペンペンと王の腹を押し続け。そして、ついに店から追い出してしまった。

「ふんっ!王さんなんか大嫌いだ!」

阿照は吐き捨てるように言い、勢いよくドアを閉めてしまった。

「まずいことしたなぁ」

王は、阿照が押した腹の辺りをフリッパーで触った。

「王さん、あんなにうまい盆踊りなのに、なんであの人は怒るんですか?」

「うん……違うんだよ、盆踊りではないんだよ……。でも、怒らせてしまったから、皇帝さんのことを聞けなくなった……」

王のフリッパーは、阿照の押した腹を撫で続けている。自然と腹撫でをしていたのだ。ペンギンの腹撫で、それは困った時にペンギンエネルギーを得る最適な手段である。無言で腹を撫で続ける王の頭に良いアイディアが浮かんできた。

「あ!あの人のところに行けばいいんだ!」

「どこです?」

景布は、王を見上げた。王は、得意げにカチューシャを揺らした。

「黄頭さんの店だよ」

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第6章  皇帝のいない世界(2)、いかがでしたでしょうか?

皇帝ペン一郎失踪、入れ替わりに(?)新ペンギン、登場!景布アフ信はケープペンギン、本編にもあるようにフンボルト似のペンギンで、別名アフリカペンギン。地球ではアフリカの南沿岸部にいます。
何やら奇行&コスプレ担当という感じになってきた阿照さんのダンス見てしまったのが不運だったようで、シュレーターズファンの純朴なペンギン・景布と我らが王サマ義会長は黄頭さんの店に向かいましたが……えっ、店?黄頭さんの店って一体、何の店でしょう?答は次回!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>


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