白黒スイマーズ 第5章 ロイヤル紅茶館 マナー教室(2)


「わっ!!」

ロイヤル紅茶館のドアを開けて外に出ようとした慈円津(じぇんつ)は、不意を突かれて驚いた。レモン色の鋭い視線に正面から射抜かれたからである。天敵アザラシに睨まれたペンギンのように固まった慈円津だが、すぐにその視線の正体が分かり、安堵のため息を漏らした。

「……って、なーんだ、黄頭さんね……」

店の外に立っていたのは、新種のクラゲを頭に乗せた黄色い頭の眼光鋭いペンギン、キガシラペンギンの黄頭ボブ尾(きがしら・ぼぶお)である。

「あれ、今日は紅茶館はやっていないのかな?」

黄頭は、その鋭い視線を店内に移した。

「あら、黄頭さんごめんなさい。今日はお教室の日で貸切なの」

常連らしき黄頭に店主の貴族(きぞく)は愛想よく応対する。

「そうだったか……残念だな」

「きかしらさん、おきょうしつって何?」

クラゲが不思議そうに黄頭の頭上から離れ、ふわふわと浮きながら店内に入ってきた。

「メス限定のマナー教室ですわ。クラゲさん」

貴族が答えた。

「きそくさん、ぼくも、マナーきょうしつに入りたいな」

クラゲはそう言うと、ふわふわと貴族のそばに寄ってきた。貴族は近づいたクラゲに鼻を近づけると、クンと軽くひと嗅ぎ。

「クラゲさん、合格です。受講なすっていいですわよ」

なんとクラゲは合格だ。

「やったー!」

クラゲは嬉しそうに空中を何度も回転している。

「えっ……!?私が不合格で、クラゲくんが合格なの!?」

驚いた慈円津は、怒って頰を膨らませた。

「クラゲくん、ムカつくからつねっちゃう」

慈円津は、ふわふわと回転しながらそばに寄ってきたクラゲをフリッパーで軽くつねった。クラゲは、「うふふ」と痛がりもせず浮いたままである。

「……あれ……?」

慈円津は、クラゲをつねった自分のフリッパーに視線を落とした。クラゲの感触が、何か……違う。

「……クラゲくんって、」

慈円津が何か言おうとした時、黄頭がポンと慈円津のなで肩を軽く叩いた。

「慈円津さん、我々オスは退散するか」

黄頭の鋭い視線の中に何かを感じた慈円津は、クチバシを閉ざし、

「仕方ないわね……。貴族さん、順子を頼むわ。さらに素敵なレディーにしてね」

と、ジュリーを連れて、黄頭と共に店から出て行った。

「うんと、クラゲさんが飛び入り参加……と。あと、来ていないのは二人だわ」

そこに、ドアを勢いよく開けて入ってきたペンギンがいる。

「遅くなりました……!」

入ってきたペンギンは、ヒゲ面であった。そう、ヒゲペンギンである。パワーストーン店の経営者の比毛ボーボ(ひげ・ぼーぼ)にとてもよく似ている。しかし、比毛よりも少し小柄であるし、比毛のような横柄な雰囲気は微塵もない。逆におっとりとして可愛らしい。このペンギンは、比毛の娘、比毛房子(ひげ・ふさこ)だ。比毛に心底かわいがられて育てられた愛娘である。

「あら、房子さん」

「貴族さん、遅くなってしまい申し訳ございませんわ」

房子は、ペコリと丁寧に店主のロイヤルペンギン貴族貴子(きぞく・たかこ)に頭を下げた。その様子に貴族は満足したようである。

「いいんですのよ。房子さんのお上品なおヒゲに免じて許して差し上げますわ」

ヒゲの令嬢、房子はヒゲを褒められ「あら、やだ」と、もじもじしている。そして、フンボルトペンギンの分堀戸ルトト(ふんぼると・るとと)を見つけると嬉しそうにそばに寄ってきた。

「ルトトちゃん、遅れてごめんね」

「房子ちゃん、遅いから心配しちゃった」

房子の父、比毛ボーボは、強欲な小石チェーン店の経営者だったのだが、フンボルト一揆で改心した後、分堀戸兄妹と打ち解けていた。今は、大切な経営のパートナーだ。家族ぐるみで付き合うようになった比毛家と分堀戸家で、同じ年頃の房子とルトトが仲良くなるのは当然の成り行きであった。

遅れてきた房子が加わり、ルトト、順子、そして、飛び入り参加のクラゲ、合計4人が、現時点で今日のマナー教室受講生だ。貴族は、時計を見ると生徒達に言った。

「あと、お一人来られていないんですが、もうお時間なのでお教室を始めたいと思います。今日の体験1日コースは、二部構成になります。最初に室内での講義、その後は実技。そして、修了です」

貴族は、生徒達にテーブルの席に着くよう促した。資料を配り、目を通しておくよう言ったあと、自分は暖かい紅茶を淹れにカウンターに向かった。そして、貴族自慢の淹れたての紅茶「ロイヤルおさかなティー」を生徒達に振る舞った。生徒たちは、芳しいおさかなフレーバーの上質な紅茶を口にすると緊張もすぐにほぐれていったようだ。皆、ほんわかペンペンとしている。クラゲだけは、最初から緊張もせずにふわふわ浮いたままであったが、口にした紅茶を触手の間からそのまま下に置いた空のカップに器用に注ぎ入れながら「お紅茶、おいしいな」とご機嫌である。

生徒達と一緒にロイヤルおさかなティーを飲んでいた貴族は、しばらくして、ティーカップをソーサーに戻した。

「では、『ロイヤル紅茶館 マナー教室』の体験1日コースを始めます」

貴族は、ゆっくりと生徒達を見渡した。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第5章  ロイヤル紅茶館 マナー教室(2)、いかがでしたでしょうか?

新ペンギン、比毛房子登場です。ヒゲがかわいいですね〜。ホドヨイ区のザ・ミステリアス、黄頭さんの登場から暗示された通り、今回はミステリアスなお話でした。クラゲくんはなんと、メスクラゲなのか、それとも?来なかったもう一人とは誰なのか?「ロイヤルおさかなティー」が出てくる辺りから普通とは思えない貴族貴子のマナー教室では何が行われるのか?謎をぎゅっと詰め込んで、次号へ!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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