白黒スイマーズ 第7章 恐ろしい敵とクラゲくんの秘密(1)


王は筋肉痛の体を重く感じながら、阿照(あでり)のプロマイド店へとペンペンと向かっていた。疲労感は歩くごとに増していくようである。頭につけたシュレーターズカチューシャも心なしかシンナリと元気がないようだ。皇帝の血痕張り紙騒動で、王は謎が解明したことに安心し、貴族(きぞく)への結果報告を忘れていた。そう、貴族から激怒の電話がかかってくるまで、すっかり忘れていたのだ。貴族は他のペンギンから皇帝の血痕貼り紙騒動の顛末を聞いたらしい。結果的に貴族をないがしろにしてしまったことになる。そんな王に、誇り高き貴族である貴族が怒るのも当然である。

「王ともあろうお方がマナーができていないっ!教育し直してさしあげます」

電話口の貴族は怒気を含んだ声で申し出た。

「マナー教室は本来メス限定ですが、王さんを特別に1日だけ受講させて差し上げます。スパルタコースですわ」

激昂した貴族に対し、礼節を軽んじてしまった王に受講を辞退する選択肢はなかった。スパルタコースは臨時に開講される特別コースで、講習は一定期間の毎日行われる。王は、1日だけの特別参加で、今、受講を終えた帰り道なのだ。

「不意夜度(フィヨルド)さん、まだ頑張っているかな」

スパルタコースの受講生は王一人ではなかった。フィヨルドランドペンギンのメス、不意夜度モリ絵(ふぃよるど・もりえ)との二人だったのだ。王は、フィヨルドランドペンギンが受講していることに驚いた。フィヨルドランドペンギンは、大人しく臆病な一族であり、しかも、ホドヨイ区にもあまり訪れない。ヌルイ区の森の中に住む小さめの中型ペンギンだ。貴族や岩飛(いわとび)の遠い親戚で、飾り羽があるタイプに分類される。その飾り羽は濃い黄色で、横には広がらず、クチバシの付け根から頭の後ろに向かって眉毛のように生えている。また、冬に結婚するのは、皇帝ペンギンとフィヨルドランドペンギンのみ。しかし、一番の特徴は、黒い顔の頰に白い羽毛が何本か生えていることだ。この頰の数本の白い横筋の模様は、まるで常時照れているかのように見える。内向的な性格を象徴しているともいえよう。そんなフィヨルドランドペンギンが、豪傑貴婦人である貴族のマナー教室を受講しているのだから驚きなのだ。しかも、順子やルトトが受講した体験1日コースではなく、「スパルタ」コース。貴族の本領発揮の本気のコースである。このスパルタコースは、受講希望者も多いが、ほとんどのペンギンが根をあげて途中で脱落してしまう。今回も、定員だった受講生が徐々に脱落していき、今や、不意夜度しか残っていないのだ。不意夜度の不屈の意志、熱意と気迫は尋常ではないようだ。

「そういえば、貴族さん、前は『王さま』と呼んでいたのが、いつの間にか『王さん』に変わっていたな。まぁ、良かったんだけど。少しモヤっとする。実技の最中は『こら!王!』って呼び捨てだったしな」

王は、先ほどのスパルタコース受講のあれこれを思い出しながら、ようやく阿照の店に近づいた。隣の皇帝の氷屋はまだ閉店中だ。ドアには、黄頭(きがしら)によって血痕が取り去られた紙が貼られている。

王は、阿照のプロマイド店のドアを開けた。店の中にいるのは阿照一人。今日は豆絞り柄の手ぬぐいは被っていない。

「あれ?バイトの山田くんは?」

「今日はいないよ」

阿照は白く縁取られたつぶらな瞳を細めた。そして、何も問われてもいないのに弁解するように勝手に話し出した。

「山田くんは、僕とすごく似ているんだ。しかも、僕がいない間に求愛ダンスの練習をしているらしいよ」

阿照は、細めた目で伺うようにチラチラと王を見て「結構ダンスが上手いらしい」とか「山田くんはイケペンだ」なととブツブツ言っていたが、何かを思い出したようで「あ・そうだ」と言うと、店の奥の部屋から一通の封書を持ってきた。

「皇帝さんから手紙が来たよ」

封書は、ゴッカン区の中でも最も寒い極寒の氷点下の地で結婚中の皇帝から届いた手紙である。

手紙には、「遅れるかと思っていたけど、結婚行事に無事参加できました。今回は、最初の妻と再会できたよ。今は、飲まず食わすで卵(ベイビー)を温めています。寒くて辛いけど、幸せな気分です。でもお腹減った。おさかな食べたい。辛い」と書かれている。中には写真が一枚入っていた。頭に雪を積もらせながら、氷の大地の上で、卵を温める少し痩せた皇帝の写真である。

「わ、すっごくかわいい卵!」

「この白くて丸いところ、皇帝さんに似ているね」

阿照はうらやましそうに写真を見つめながら言った。

「しかし、阿照さん、皇帝ペンギンは、なんでわざわざ一番寒い場所に行って結婚や子育てをするのかな?」

「僕はゴッカン区在住で、王さんはスズシ区在住でしょ。僕も王さんも、寒い方が好きだけど、あんな氷だらけの地域は御免だよね。僕が思うに、皇帝さんの単なる趣味じゃないかな。皇帝ペンギン達は耐えるのが大好きなんだよ」

「変わっているね」

「うん、確かに。あと、王さん、知ってる?皇帝さんって、バツ10らしいよ。本人いわくマル10だけど。あんなクソ寒い氷の地でお見合いパーティーするから、毎回同じ相手と会えるとは限らないんだって。そんなんだから、バツという訳ではない、バツではなくてマルというのが、皇帝さんの持論だよ」

「まぁ、今回は、最初の妻と再会できたわけだし。どっちにしても皇帝さんはおおらかだからね。まぁいいんじゃない」

そんな王と阿照の噂話を中断させるかのように突然、けたたましい音を立てプロマイド店のドアが開いた。

「王会長、大変!」

中に駆け込んできたのは、両手にイカを振り回しながら慌てふためいているマカロニペンギンの真軽仁サラ世(まかろに・さらよ)だ。

「で、出た!」

真軽仁は、興奮してイカを振り回し続けている。

「何が?」

「まさか……!」

王と阿照は息を飲んだ。

「アザラシが出た!」

真軽仁は、ペンペンと足を踏み鳴らしながら、さらに激しくイカを振り回す。

「被害は?」

「ジェンツーペンギンの子供が襲われた!」

王のシュレーターズカチューシャが激しく揺れた。胸騒ぎがする。反射的に王は店の外に飛び出ていた。

「王さん、待って!」

王は、阿照と真軽仁を置き去りにし猛スピードで海へと向う。

海はすでにアザラシは去った後のようで騒ぎは静まっているが、浜辺の一箇所に野次馬ペンギンが集まっている。そのペンギン達に遠巻きに囲まれた中心に、泣き崩れる一人のジェンツーペンギンの後ろ姿があった。

「慈円津(じぇんつ)さん……」

その姿を見た王は、足を止めフリッパーを強く握りしめた。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第7章 恐ろしい敵とクラゲくんの秘密(1)、いかがでしたでしょうか?

新ペンギン不意夜度さん、登場です。地球ではニュージーランドに住んでいる別名キマユペンギン。キガシラペンギン同様、日本にはいないレアペンギンです。頰の白い羽毛が本当に可愛いですね。貴族貴子先生にどんな厳しい指導を受けているのでしょうか。さて、ペンギンミステリーの謎が解けたところで次はペンギン界をアザラシが襲う……襲われたジェンツーペンギンの子供とは、まさか慈円津さんの愛児ジュリー!?

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