黃頭(きがしら)は、夜の浜辺にいた。大穴のそばでアンテナが取り付けられた小型ラジオのような機械、「電波マシーン」のダイヤルを操作している。電波マシーンからは耳障りな雑音が聞こえていたが、ふいに見知らぬ言語を鮮明に発した。黃頭は、ダイヤルからフリッパーを離すと、手慣れた動作で録音ボタンを押す。
その時、今まで無風だった大穴から微かに風が吹き出した。風は、徐々に強くなる。黃頭は、大穴から少し離れた。持っていた袋からイワシくらいの大きさの円筒状の機械、「採集マシーン」を取り出すと、フリッパーに握り軽く振る。すると、それは長く伸び、先端が丸い円錐に広がった。長い柄の先に逆に開いた傘のようなものがついている状態である。そこに、風に乗って大穴から紙くずのようなものが現れ、舞い上がった。黃頭は、すかさず採集マシーンでその飛来物をキャッチ。棒の先の円錐部分が球体のように丸まりそれを捕らえた。スイッチを押し採集マシーンの柄を縮めると、手元に引き寄せられた飛来物を慎重に取り出す。その飛来物は、クシャクシャに丸められた紙だ。その紙を伸ばすと、不思議な記号のような模様のようなもの、おそらく文字が印刷されていた。新聞のようである。そして、その不思議な文字の中に埋もれるように写真が載っていた。
「これは……!」
黄頭は息を飲んだ。大穴から吹き上げる風を受けながら、黄頭はその写真の懐かしい顔を見つめ続けた。
* * *
阿照(あでり)は、ここ数日、ゴッカン区の中でも一番の極寒地に出向いている。そのためプロマイド店は臨時休業だ。阿照の住む地区もゴッカン区だが、さらに寒い氷の地に何故行くかというと、そこで結婚中の皇帝が子育て中で、その子供のプロマイド写真を撮影するためなのである。しかし、理由はそれだけではない。
「阿照さんが、仕事熱心なんて変な感じだな」
王は、酒の配達がてら、シュレーターズのライブチケットを岩飛(いわとび)の店、ライブハウス「フィシュぼーん」取りにきていた。
「阿照ちゃん、心境の変化ってやつかもな」
岩飛は、古潟(こがた)と羽白(はねじろ)のヌルイ温泉リトル大浴場の開店の日の阿照の様子を思い出していた。
「それがさ、『小石もいいけど、オスってゆーもんは、仕事がデキるのが一番さ。古潟さんや羽白さんみたいにね。僕はペンペンとがんばるよ』とか言っちゃっててさ」
「でも、王ちゃん。阿照ちゃんの首にぶらさげた小石袋に、また新しい小石が入っているみたいだぜ。なんだか重そうだよな、あれ」
そう言いながら、岩飛の視線は自然と王の頭に付けられたシュレーターズカチューシャに向けられている。
「そうだね、重そうだよね。ちなみに私の頭のシュレーターズカチューシャは全く重くはないよ」
王は、その言葉を裏付けるかのように、自身の頭につけた異様に派手で長い飾り羽がついたカチューシャを前後に揺らした。
「しかし、皇帝ちゃんの子供はかわいいんだろうなぁ」
「まぁ、エンペラーペンギンの子供は、ペンギンの中でもダントツにかわいいからね。プロマイドでも、慈円津さんとシュレーターズに負けず劣らず人気らしい」
「王ちゃん、シュレーターズといえば、今度のシュレーターズの対バンは、スネアーズに決まったよ」
「スネアーズって?」
「今話題のロックバンドさ。スネアーズペンギンの3人組だぜ」
「へぇ……」
「れれ?知らんの?だったら、CD貸してあげるよ」
岩飛は、CDラックからスネアーズのCDを取り出すと王に渡した。そのCDジャケットにはスネアーズペンギンの3人が、黒いサングラスをつけて硬派なポーズを決めて写っている。
スネアーズペンギンとは、岩飛のように飾り羽があるタイプのペンギンだが、見た目や大きさは、フィヨルドランドペンギンに近い。しかし、フィヨルドランドペンギンのような頰の白い羽毛はなく、代わりにクチバシの付け根にピンクの縁取りがあるのが特徴だ。ヌルイ区の中でも最も荒れた海の地域に住んでいて、心身ともにたくましいペンギンなのである。そんなスネアーズのリーダー、脛圧ウル不(すねあつ・うるふ)は、シュレーターズのリーダーの主麗田キョン介(しゅれた・きょんすけ)の好敵手と噂され、実際、双方はそれを認めあってるらしい。
「リーダーの脛圧ちゃんが、すっげーいい声してんのよ。それにメンバーの演奏もキッレ切れで狂っててやばいぜ。それによ……」
岩飛の熱い語りを遮るようにドアを開けて誰かが中に入ってきた。
「岩飛さん、こんぺんは」
「いわとぴさん、こんぺんは」
黄頭(きがしら)とその頭の上に乗ったクラゲだ。
「あ、王さんも」
黄頭は、王を認めるとフリッパーをあげた。小さなバッグを持っている。
「お!黃頭ちゃん、いいところに来た」
「岩飛さん、注文の品を持ってきたよ」
黃頭は店のカウンターの上にバッグの中から梱包したものを取り出し置いた。
「岩飛さん、何を注文したの?」
王が興味深そうに覗いている。
「あぁ、黄頭ちゃんに3D装置を作ってもらったんだ。ナンデモ研究所だから、ナンデモできるだろ」
「胃弱マシーンの一件から、色々と注文が増えてね」
レモン色の鋭い目つきのまま、黄頭は梱包を丁寧にほどきながら言った。
「僕も、きかしらさんのお手伝いをしてるんだ」
クラゲはうふふと笑いながらみんなの周りをふわふわと回っている。
「クラゲくんの発明は素晴らしいんだよ。この3D装置の『分身マシーン』も半分はクラゲくんの功績だ」
嬉しそうにクラゲは何度も回転している。脳味噌も臓器もない空洞のビニール袋の頭と体であるが、黄頭を唸らせるほどのペンペンとした知能があるのだ。
黄頭は、梱包を解き小さな機械を出した。なんの変哲もない金属でできた小箱のようにも見えるが、これが3D装置の「分身マシーン」である。
「コンパクトだね」
「試しに映写してみるか。岩飛さん、このままでもいいんだが、雰囲気を出すために客席の明かりを消してステージのライトだけにしてみてくれ」
「ラジャー」
暗くなったカウンターで黄頭は分身マシーンを操作した。
「あ!」
ステージに立体で現れたのはシュレーターズである。本物と寸分の違いもない。まさに分身である。黄頭がボリュームのつまみをあげると音が鳴り出した。
「いいじゃん!想像以上だよ、黄頭ちゃん!」
「すごい……!私が何億回も腹撫でをしても、こんな発明はできないよ!」
黄頭は、照れているのか返事もせずに、ステージで演奏する架空のシュレーターズを見つめている。王はすでにリズムをとってカチューシャを揺らしてノリノリペンペンだ。しばらくして、黄頭がクチバシを開いた。
「これは録画を再生しているだけだが、生中継で3Dに投影することも可能だ」
「そのほかにも、スキャンしたペンギンさんを好きに動かせて映したりできるんだよ」
クラゲが得意そうに付け加えた。
「すげーな、黄頭ちゃんにクラゲちゃんは。しかし、やっぱ、生のライブにはかなわねーけどな。でも、これで、ホドヨイ区に来られない他の区のバンドでも気軽にうちのハコに出演できるようになるぜ。サンキュー!」
シュレーターズが1曲演奏し、音も3Dも消えた。
その後、黄頭は岩飛に分身マシーンの操作を丁寧に説明して、納品作業を全て終え、帰り支度をしながら岩飛に訊いた。
「そういえば、阿照さんの店が閉まっていたんだが、どうしたんだい?」
「皇帝ちゃんとこの子供の撮影行ってんだよ」
分身マシーンを触りながら岩飛が答えると、シュレーターズの曲で高揚したままの王が続けて話した。
「皇帝さんの子供と違って、私の子供は茶色くてキウイみたいだったんだよね」
「えっ!王ちゃんって子供いたの」
「……うん……、一人だけど」
王は、シュレーズカチューシャを揺らしながら、ペンペンと照れた。慈円津のファンになる前に、実は一度結婚したことがあるのだ。
「王さんも隅におけないなぁ」
「うん、慈円津さんみたいな美形でないけど、いい嫁だったよ。また結婚する時は、あのコに会いたいな。ところで、岩飛さんは?」
「ワイフが家にいんぜ。おっかねーの」
「黄頭さんの奥さんは……あ!」
王は途中で言葉を飲み込んだ。黄頭と打ち解けた今、すっかり忘れていたが、あの噂があることを思い出したのだ。
「……」
押し黙る黄頭の代わりに、クラゲがふわふわと飛びながら言った。
「きかしらさん、今度、こんにゃくしゃのマリンさんを連れ戻すんだよ」
(つづく)
浅羽容子作「白黒スイマーズ」第9章 黄頭のマリン救出大作戦(1)、いかがでしたでしょうか?
皇帝さんの子供もタマゴから無事に孵り、新しいことが始まりそうな予感のペンギン界。マリンさんは、黄頭さんにとって大切な人なんだろうとは思っていましたが、婚約者だったのですね。マリンさんはなぜいなくなってしまったのか、クラゲくんも協力した素晴らしい発明の数々(マシーンのデザインも素敵すぎる!)の力を借りて連れ戻せるのか、乞うご期待!
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