白黒スイマーズ 第8章 小さな二人の大きな商売(4)


「棟梁、古潟(こがた)水道店の社員より電話です」

白いねじりハチマキを頭に巻いた羽白(はねじろ)は、電話を受けた。受話器からは古潟水道店社員の焦った声が響いてくる。

「た、大変です!うちの古潟社長が、アデリーペンギンの流された小石を拾おうと、水道管に自ら入って流されてしまいました!」

「何!?」

羽白は、時計を目にした。

「何分前のことだ!?」

電話口の社員は、当惑したように答えた。

「それが、25分前なのです。運悪く社長の携帯電話は充電切れで、電話がある場所までトラックを飛ばしてきたのですが……」

「25分前……」

羽白のフリッパーから受話器がするりと落ちた。

水道管は、小型のペンギン1人がゆうに泳げるスペースはある。しかも、古潟は泳ぎも潜水もとても得意だ。おそらく、水道管の行く着く先、今、羽白が待機しているここまで来ることは可能であろう。しかし、問題があるのだ。

「棟梁!防護網が!」

「古潟社長が危ない!」

そばで聞いていた羽白組の大工達が口々に言った。紅白の垂れ幕を張り、明日の開店祝いの準備をしていたその場の空気が凍りついている。

「ここまで30分で水は到着する予定だから、残りは5分……」

実は、川の水の行き着く先であるここでは、水道管が繋がった吐出口の穴に小さなペンギンが入ってしまわないように網をその吐出口にしっかりと固定していたのだ。これは、当初の予定にはなかったことで、羽白が安全のために急遽対処したものである。羽白はホドヨイ区の建築現場で作業していたため、ヌルイ区の川岸で作業している古潟の携帯電話に連絡をしたが通じなかった。なので、古潟はこのことを知らない。この防護網を外さなければ、水圧と網で古潟が挟まれ、ペンギンミンチになってしまう可能性が高い。そう、時間がない……、あと5分しかないのだ。羽白は、グッとフリッパーを握りしめた。

「はしごの準備をしろ!!俺が作業する!」

羽白は、用意されたはしごを器用に伝い降り、吐出口にそばに来た。時間は残り3分だ。早く網を取り外さなければ……。羽白は、震えそうなフリッパーに力を込めた。

「古潟……お前を絶対ペンギンミンチにはさせないぜ」

羽白は強固に固定された網を外す作業にとりかかった。大量の汗がねじりハチマキにたまっていく。羽白は、大工道具を巧みに使い、防護網を少しずつ外していったが、あと一歩のところで行き詰まった。

「あと、ネジが1本だが……取れない!」

固定されたネジが1本だけどうしても外せない。暗い水道管の奥の方から、水が流れる音が微かに聞こえ始めた。その音は、不穏な空気をさらに不穏にする。

「棟梁!」

「あと、30秒です!」

羽白組の大工達の焦る声が次々と上から聞こえてくる。

「くそっ……!」

羽白は、網の横の隙間から無理矢理フリッパーを入れ、力まかせに網を引いた。フリッパーに痛みが走った。しかし、力を緩めてはいけない。水音は、すぐに近くまで迫ってきている。羽白は力をさらに強めた。

「えいっ!」

間一髪で、網は外された。

「どわっ」

水流に乗って、湯気とともに古潟が流れ出てきた。羽白は、夢中になり古潟のフリッパーを掴んだ。

「おう!羽白!」

羽白の心配をよそに、ホカホカと湯気を立てている古潟は、余裕の笑みだ。そして、その小さくもたくましいフリッパーには、灰色のパワーストーンが強く握られていた。

* * *

一夜明けた古潟と羽白の新しい店の開店の日である。

「小僧、お前の大切なものなんだろ、おらよっ」

祝酒の魚盛や魚料理など祝いの席の後ろには紅白の垂れ幕が掛かっている。その前で、うなだれてペンペンとしている阿照(あでり)に古潟は近づき、阿照のフリッパーの上に無造作に例のパワーストーンを置いた。

「古潟さん……!」

阿照は、一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに申し訳なさそうな顔つきになり古潟を見た。

「古潟さん、ごめんなさい……」

「『ごめんなさい』じゃないだろ?」

古潟は、両フリッパーを胸の前で組むと、阿照を見上げた。

「あ、うん。ありがとう、古潟さん」

ペコリと頭を下げる阿照に古潟は、優しい眼差しを向けている。

「お前は、まだまだ若いペンギンだよな。その小石もいいが、オスっていうのはよ、いい小石を持っているだけじゃダメなんだぜ」

「うん」

阿照は、素直に小さな古潟の話を聞いている。そこに横から割って入ってきたペンギンがいる。

「でも、小石も大切だよな」

それは新しい純白のねじりハチマキを巻いた羽白である。包帯が巻かれたフリッパーには、清酒魚盛の入ったグラスが握られている。

「ま、終わり良ければすべて良し、だな」

「若造、そんなシケたツラしてないでよ、今日は俺らの祝いの日だから、明るく行こうぜ!」

古潟は、阿照の腰あたりを少し強めに叩いた。

「その通り!俺たちの大きな商売『ヌルイ温泉リトル大浴場』の完成を祝ってくれよ!」

古潟と羽白の新しい店は、「ヌルイ温泉リトル大浴場」という温浴施設だ。といっても、温泉よりもヌルい温水プールに近く、大小のウォータースライダーや飛び込み台など各種遊具もあり、一大アミューズメントパークとも言える。しかも、水深10メートルという、ペンギンには嬉しい深さもポイントなのである。

今日は、開店記念として、おさかな商店街の面々が招待されており、知った顔が多数集まっている。ちょうど阿照達の目の前の巨大浴槽では、慈円津(じぇんつ)親子の三人が魚型の空気ボートに乗っていて、こちらに手を振っていた。そして、その横で華麗にバタフライを泳いでいた岩飛が阿照を見つけ、浴槽から上がり、そばに寄ってきた。

「阿照ちゃん、元気そうでよかった。昨日は心配してたんだぜ。あん時どうしたんだよ?」

「ううん……色々あって」

しどろもどろになる阿照に助け舟を出すかのように、王がシュレーターズカチューシャを揺らしながらやって来た。

「阿照さーん、こんなとこにいたのか。古潟さん、羽白さん、開店おめでとう。すごいね、こんな巨大なものを作るなんてすごいよ。経営も大変そうだな」

「いや、経営面については比毛ボーボ(ひげ・ぼーぼ)に手伝ってもらってんだ。今日も来ているはずだぞ」

「あそこにいる」

羽白が向けたフリッパーの先には、比毛ボーボとその娘房子(ふさこ)、そして、阿照川鈴子(あでりかわ・すずこ)がいた。比毛達は、こちらに気がつき、近づいてきた。

「!!」

皆と一緒にいた阿照が一瞬で消えた。

「あれ?阿照さんは?」

後ろの紅白の垂れ幕の一部がこんもりと盛り上がっている。その盛り上がった垂れ幕の合わせ目からは、丸い小さな瞳が覗いている。ハート型の瞳である。その瞳と、その視線の先にいる鈴子を見て、古潟は目を細め小さな声で呟いた。

「若造……がんばれよ」

* * *

注文の品をテーブルに出しながら貴族は言った。

「ペンギンにピッタリの泉質で、羽毛のツヤがよくなるのよ」

あれほど建設に反対していた貴族だが、ヌルイ温泉リトル大浴場に夢中なのである。元から豊満な大人の魅力満載の貴族だったが、温泉の効能で、さらにあふれだす妖艶な美しさに磨きがかかっている。ヌルイ温泉リトル大浴場は、今、ホドヨイ区で人気のスポットになっているのだ。しかも、温泉客が帰りに貴族の店、ロイヤル紅茶館に寄るようになったため、棚ぼた式に貴族の商売も繁盛している。今では、「温泉まんじゅうセット」と名付けられたメニューさえある。

「ふむ、温泉まんじゅうも美味しいな」

「いがいにチーに合うね、きかしらさん」

黄頭とクラゲが、いつものようにロイヤル紅茶館でお茶をしている。

「そうだな、クラゲくん」

「ねぇ、きかしらさん。あてりさんのパワーストーンは、こがたさんが泳いで取りにいかなくても、吐出口で待っていれば流されてきたんじゃないかな?」

「クラゲくんはやはり賢いな。でもそれは内緒にしておこう」

黃頭はそう言うと、クラゲの触覚の間から落ちてきたまんじゅうをフリッパーでキャッチし、自分のクチバシにペンと入れた。

(第8章 小さな二人の大きな商売 おわり)

※次回は「第9章 黄頭のマリン救出大作戦」です。お楽しみに!


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第8章 小さな二人の大きな商売(4)、いかがでしたでしょうか?

羽白さんと古潟さんの見事な連携プレーをお届けしました。阿照さん、おかげでパワーストーンも帰ってきてよかったね!ラストの鋭すぎる指摘……うっかり気づきませんでした。うん、クラゲくんは本当に賢いね。でも黄頭さんの言う通り、それは心に秘めておきましょう。「ヌルイ温泉リトル大浴場」入ってみたいですね〜

『シメさばケロ美の小冒険』に登場した、魅惑の巨大温泉「もちの湯」を思い出します。浅羽作品には温泉がよく似合う〜♪

空腹で辿り着いた『もちもち飲食ゾーン』。そこは相撲取り達が働く、美味しいゾーンであった。腹を満たしたケロミ達は、次のゾーンへと向かうが……!? 読むとお餅が食べたくなるお話の第2回目です。

次回からは新しいお話です、ミステリアスな黄頭さんの秘密が少しずつわかりそうですよ。

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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