イチダースノクテン 5


〜前回までの登場人物〜

点田はじめ(てんだ・はじめ)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱天晴(あっぱれ)大学の学生╱ベーグルが好物╱鳩が苦手╱販売担当

鼻田八戸宗(はなだ・はとむね)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱天晴大学の学生╱通称「ハトムネ」╱身長2メートル╱鳩胸で鳩顔╱販売担当

円田揚治(つぶらだ・ようじ)……「まるあげドーナツ」店長╱ドーナツを愛する男╱金太郎のような丸顔

美田薫(みた・かおる)……「まるあげドーナツ」の新人アルバイター╱76歳の老紳士╱身長1メートル80センチ╱新作研究助手

女田ワカ(めた・わか)……「まるあげドーナツ」の主婦パートタイマー╱自称24歳╱本当は74歳╱アルバイト歴21年╱販売と品出し担当

苦田綺麗(にがた・きれい)……「まるなげベーグル」店長╱「まるなげドーナツ」と敵対関係╱美人すぎる╱性格悪い

弱田世鷲(よわた・よわし)……「まるなげベーグル」の学生アルバイター╱天晴大学の学生╱「まるあげドーナツ」から転職╱小心者╱スパイ

牛田(うしだ)さん……カタツムリ╱ドーナツが好物

(はと)……ハト目ハト科カワラバト属カワラバト(ドバト)


「あら、また向かいのベーグル店に鳩が集まり出しているわよ」

「そういえば、さっき大学で弱田に会った時に言ってたな……『当店のベーグルは、鳩エキスを使用しています』の張り紙が撤去されて、替わりに『当店のベーグルは、鳩エキスなど使用しておりません』になったって」

「円田店長の作戦が成功したんじゃないかな」

まるあげドーナツで勤務中の女田・ハトムネ・美田が話している件は、昨日、ベーグル店の学生アルバイトの弱田からのスパイ情報のことで、円田店長がとった対抗策は、「まるなげベーグルは鳩エキスを使用しているらしい」という噂(というか張り紙の内容そのもの)をスーパーなまずの客らに広めたことであり、そのためベーグル店の買い物客がゼロになってしまい、焦ったベーグル店の苦田店長が、張り紙を替えたのだったが、それでもベーグル店に客が少ないのは、今日は「まるあげドーナツ」の月一回の恒例100円セールの日で客がまるあげドーナツに来ているからであり、毎回大盛況なこのセールは行列ができるほどである……がしかし! 今回は人間に混じり動物――リスにシマウマにペンギンにライオンにタヌキに芝犬にトイプードルなど様々な種類――までも多数並んでいる! そして、その動物たちは皆ポシェットをたすき掛けにして人間のように立って列に整然と並び、実に清潔で品行方正で理知的な様子であり、さらに、円田店長はどんな動物でも代金を支払えば客として扱う主義(※この主義は、幼少期に読んだ「本物のお金さえ支払えば子狐にも手袋を売る商売人の話」から影響されたらしい)なのだが、常連客である白髪を紫に染めた背筋の良い高齢の女性に販売した後、次に並んでいたカンガルーが、

「ドナツ、12コ」

と言って手渡したのは金色に輝く純金の12枚の100円玉であったので、接客していたハトムネは、「またか」と嬉しいような困ったような気分になったが、念のため、

「お客さま、普通の灰色の100円玉はお持ちではないんですか? もしくは、電子マネーは?」

と聞いてみると、カンガルーはすまなそうな顔をしてピョンと跳ねながら「ハイ、モテマセン」と首を縦に振ったので、

「分かりました、これで結構です」

とハトムネは、その100円玉を受け取り、ドーナツを渡したのだが、そう……動物たちが持ってくる100円玉はすべて純金! レジの中は黄金に輝いているのだ……! 女田は、

「あらあら、レジの中が金色で綺麗ねぇ! 動物さんたちってお金持ちなのねぇ」

と忙しく品出ししながらも感心した様子だし、美田に至っては、

「やはり、まるあげドーナツの美味しさは動物にも分かるのだ!」

と喜びで目に涙を浮かべるほどだが、当の動物たちは、そんな店員たちなど気にせずに、ドーナツを持ったまま、スーパーなまずの隣の児童公園のその向かいにある広大な敷地の「天晴市立ささやき森林公園」の方角へとぞろぞろと向かって行き、その様子を見ている人間の客らは、「動物も進化しているんだね」や「いや、あれは本物の動物でなくて最近流行のAIだよ」「お買い物を代行してくれるAI動物だね、あれは」「見て! 猫型ロボットには鈴がついてる!」とそれほど驚いていないのは、やはり、今、時は世の中がハイテクノロジー化された令和30年だからかもしれない……とその時、休憩室に物を取りに行った女田が戻ってきて、

「休憩室に置いておいた私の老眼鏡がないんだけど」

とお気に入りの赤い縁の老眼鏡がなくなったと騒ぎ出したので、「見てこよう」と美田が休憩室に行ったが、すぐに戻ってくると、

「私の眼鏡ケースもなくなった、老眼鏡を入れるケースだ」

と美田までも騒ぎ始めたのでハトムネが、

「美田さんの老眼鏡ケースって?」

と尋ねてみたところ、返答は、

「赤地に鳩柄ケースで、あれは娘からプレゼントされた大切なものなのだが……」

とのことで、さらに、美田が続けて、

「店長は、調理室に入りっぱなしだし、なくなったのは、私と女田さんの物……もしや……ハトムネくん……?」

「まさか、私の老眼鏡をハトムネくんが!?」

と美田と女田に疑心の目で見られるハトムネは、不満げに鼻横の白いイボを指で掻き、筋肉隆々の鳩胸を思い切り張って、

「やだな、僕はまだ19歳なので老眼鏡は必要ありません」

と憤慨すると、

「そうだな……すまん」

「疑ってごめんね、ハトムネくん」

と謝ったので、ハトムネは、「ボッボ」と野太い咳払いをすると、

「まぁ、いいでしょう――しかし、なんでなくなったんですかね? 老眼鏡マニアのしわざかな? 休憩室は閉まっていましたか?」

と問うと美田は、

「そういえば、ドアは閉まっていたけど小窓は空いていたよ」

と苦々しい顔で答えた時、ちょうどハトムネの休憩時間になったので、

「休憩に入るついでに、休憩室を見てきます」

とハトムネが休憩室に行くと、盗難のことを聞きつけた円田店長がすぐに入ってきて、

「なんだか、物騒な盗難の話を聞いたんだけど」

と言った後、

「あ!」

と短い声をあげたのは、備品棚に置いてあった、円田店長のドーナツ柄の赤い靴下がなくなっていたからであり、さらに、ハトムネも

「僕の学生手帳もない!」

と赤い学生手帳がなくなっていると言い出した!

「赤いものばかりが盗まれる……」

「ハトムネくん、赤いものに興味を示すのは、闘牛なんじゃないか?」

円田店長の推察に、

「今日の動物客には牛はいなかったですよ」

とハトムネが答えると、

「では、犯人は誰なんだ!?」

との円田店長の張り詰めた声の後、しばしの沈黙の中、ハトムネは休憩室を見渡すと、

「なんだか、ここにいたくないな……僕、休憩は外行ってきます」

と言って店から出て行った直後、まるあげドーナツの向かいのまるなげベーグルでは、美しい顔の苦田店長が「当店のベーグルは、鳩エキスなど使用しておりません」の張り紙の横に、「油分ゼロでヘルシー!」「揚げるのなんてナンセンス!」と明らかにドーナツを中傷したポップを貼りだし、まるあげドーナツの店頭にいる円田店長に向かい中指を付き立て白目を向き舌をだしている……もしや、苦田が犯人……!? しかし、苦田店長は、決してまるあげドーナツの陣地には足を踏み入れない、なので盗むはずはない……と、その時、誰もいないはずの休憩室から「ポッポー」という小さな鳴き声とともに、テーブルに置かれていた点田の赤いシャープペンシルがなくなり、開かれていた小窓からペールグレーの短い羽がひとつ舞った。

(つづく)


浅羽容子作「イチダースノクテン 5」、いかがでしたでしょうか?

使っているのかいないのか疑惑の鳩エキス、しかしそんなこととは関係なく集まってくる動物たち、二足歩行でポシェット斜めがけ、しかも支払いは純金の100円玉とは、カワイイー! の? キミョー! なの? どっちなの……はさておき、謎の赤いもの盗難事件の現場に残されたペールグレーの羽!怪しい、すごく怪しい……今回も息つく間もない疾風怒濤の疾走文学、第五幕、幕間にはナンセンスに揚げまくったドーナツ食べて、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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