イチダースノクテン 2


~前回までの登場人物~

点田はじめ(てんだ・はじめ)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱ベーグルが好物╱鳩が苦手

(はと)……ハト目ハト科カワラバト属カワラバト(ドバト)


鳩らが舞い上げた砂ぼこりが収まっていく中から西部劇のワンシーンのようにぼんやりと現れて近づいてくる巨大鳩であったが、それは鳩ではなく、点田と同じ天晴(あっぱれ)大学に通うアルバイト仲間の鼻田八戸宗(はなだ・はとむね)、通称ハトムネであったのに点田が安堵した瞬間、

「ボッボボー!」

とハトムネが鳩の親分のような野太い音を口から発すると点田はビクっと体を震わせたが、これはハトムネのくしゃみの音であり、このくしゃみの音が奇しくも先ほど点田を鳩の集団から救った音であり、しかしながら、何度聞いてもハトムネのくしゃみの迫力に驚いてしまう点田を見て、

「鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんじゃん、点田ってば」

とハトムネは身長2メートル近くある巨体と自慢の筋肉質の鳩胸を揺らしながらクククとおかしそうに笑い、鼻の両脇にある鳩のような大きな白いイボをヒクヒクと動かしたが、その巨体に似合わない可愛らしい丸い目と品の良い薄い唇も持っていて、鳩の貴族のようにも見えるハトムネに、

「なんだ、ハトムネか……」

と点田が嘆息しながら言うと、ベーグルの包み紙を「スーパーなまず」のビニール袋の中に丸めて入れて固く結び、それをズボンのポケットにねじ込んだのだが、それを見たハトムネがすかさず、

「昼飯はベーグルか?」

と点田の隣に座ると、ベンチはその重みに傾いたがハトムネはそんなことには構わずに、

「自分の店の商品を食べないなんて、店長泣くぜ~!」

と丸い目をさらに丸くすると、

「好きなんだから、いいじゃねーか」

という点田の反論に答えるように、ハトムネは「ボッボ」と野太い咳をした後に、

「お前、新しいバイトの美田薫(みた・かおる)ちゃんにまだ会ってないだろう? 小柄で色白、ぱっちり二重の薫ちゃんに?」

とニヤニヤと鼻横の白いイボを動かしたが、ふと思い出したように、

「それよりも、点田、昼休憩過ぎてるんじゃね?」

と言うので、公園の時計を見ると休憩時間を25分も過ぎている!

「やっべー!」

慌てた点田は、おもむろに立ち上がると走り出し、

「じゃあ、また、あとでな~」

と後方からのハトムネの声を聞きながら、公園の隣の「スーパーなまず」にあるアルバイト先の「まるあげドーナツ」に急いだのであったが、見つからないようにそっとドアを開けた瞬間、前から香ばしい油の匂いが漂ってきて「この匂いはもしや……」と点田が恐る恐る見ると、案の定、目の前にいたのは、遅番のはずの円田揚治(つぶらだ・ようじ)店長で、

「はい、休憩時間取りすぎの点田くん、時給引いとくね」

と言う笑顔の店長の言葉に、

「……はい」

と返答するしかなく、点田は暗い気持ちで、売り場へと入っていったが、先ほどハトムネから聞いた「小柄で色白、ぱっちり二重で若くて可愛いギャルの美田薫(みた・かおる)」のことを思い出すとすぐに機嫌も直り――薫ちゃんはどこかな?――と色目気だって見回してみたが、それらしき店員は見当たらず、いるのは、自称24才の主婦の女田ワカ(めた・わか)と、もう一人、まるあげドーナツの制服、ストライプ柄のエプロンと緑色のハットに身を包んだ見知らぬ老紳士だけで、これは何かおかしい……と思った時、円田店長が奥の調理室(兼新作研究室)からぬっと現れ、

「そうそう、点田くん、彼は新しいアルバイトの美田薫さんだよ」

とその老紳士を紹介してくれた……ということは、やはり、薫ちゃんはこの人!?……確かに色白でぱっちり二重の顔で、身長2メートルのハトムネよりも小柄な1メートル80センチくらいであるが(そして、ハトムネは「若い」とも「ギャル」とも言っていない)……と、その老紳士は点田の方を礼儀正しく向き、

「わたくし分からないことばかり、点田先輩、ご教示よろしくおねがいします」

と深々と頭を下げたので、割り切れない気持ちのまま点田も同じように頭を下げたが、オールドファッションをホワイトチョココーティングしたような厚化粧の女田が、

「美田くんと話してたんだけど通っていた中学が同じで、時期もかぶるのよ~」

と真っ赤な唇でペラペラと話しだしたので、

「女田さん、24才だから、美田さんも20代なんスか?」

と点田はいじわるく聞いてみると、

「いや、私は76才です」

という老紳士美田の即答に、自称24才(推定74才)の女田は、「あらあら、いやぁねぇ~」などと言って、さりげなく商品を調理室に取りに消えてしまい、それと入れ違いに、再度、調理室から売り場に出てきたのは円田店長で、ショーケース兼カウンターの上から双眼鏡で、コの字型になっているスーパーなまずの中庭の紫陽花の植え込みを覗いていたが、何かを確認したようで、

「もうすぐ、ご来店だな」

と小さく嬉しそうにつぶやいた――が、その後、円田店長は鼻をピクピクと動かすと双眼鏡を外し、すぐ横にいた点田の口元に鼻を近づけクンクンと執拗に匂いを嗅ぎだしたが、その円田店長の顔は、眉間にはシワが寄り額には青い血管が浮かんでいて、まるで鬼のように険しかったのであった。

(つづく)


浅羽容子作「イチダースノクテン 2」、いかがでしたでしょうか?

巨大鳩かと思われた巨大な影は巨大な鳩ではなく巨大な同級生であった、とは……! 色白で小柄(全長1.8m)、ぱっちり二重の新人アルバイター・薫(76歳)も登場し、点田のアルバイト生活もウキウキワクワク、ドキドキハラハラ、ソワソワオロオロ、どうも大変なことになりそうな予感ですが、さーてどなたがご来店? ドーナツ食べ食べ、待て、次号! 鳩も逃げ出す疾走文学第二幕!! ボッボボー……

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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