イチダースノクテン 4


~前回までの登場人物~

点田はじめ(てんだ・はじめ)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱天晴(あっぱれ)大学の学生╱ベーグルが好物╱鳩が苦手

鼻田八戸宗(はなだ・はとむね)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱天晴大学の学生╱通称「ハトムネ」╱身長2メートル╱鳩胸で鳩顔

円田揚治(つぶらだ・ようじ)……「まるあげドーナツ」店長╱ドーナツを愛する男╱金太郎のような丸顔

美田薫(みた・かおる)……「まるあげドーナツ」の新人アルバイター╱76歳の老紳士╱身長1メートル80センチ

女田ワカ(めた・わか)……「まるあげドーナツ」の主婦パートタイマー╱自称24歳╱本当は74歳

苦田綺麗(にがた・きれい)……「まるなげベーグル」店長╱「まるなげドーナツ」と敵対関係╱美人すぎる╱性格悪い

(はと)……ハト目ハト科カワラバト属カワラバト(ドバト)


昨日の鳩と女田の盆踊り事件は、休憩から帰ってきたハトムネが、またもや偶然にも「ボッボボー!」と例の野太い鳩の鳴き声のようなくしゃみをしたお陰で鳩が飛び去って一件落着したのだが、そういえば、最近、「まるなげベーグル」には鳩が集まらないで、「まるあげドーナツ」ばかりに集まるな……と気がついた点田は、そのことを調理室(兼新作研究室)から新作ドーナツ持って売り場に出てきた円田店長に話してみると、

「とっくに気がついていたよ」

と金太郎のような太い眉毛を八の字にして、

「ハトムネくんがシフトで入っている時は、鳩が寄ってこないからいいんだけど」

と嘆息した時、調理室のドアが開いて現れたのは新人の老紳士アルバイター美田で、なんと、その手に店長のマル秘ドーナツレシピを持っている!……調理室に入っていいのは、店長のほかにはアルバイト歴21年で自称24歳の女田だけのはずなのに……と点田が不審な顔をしていると、

「あ・点田くん、美田さんは、新作研究の助手になってもらったから」

と円田店長が「美田さんのドーナツへの情熱に感動してね、助手になってもらったんだ」と続けると、点田の顔は曇ってゆく――というのは、新作研究の助手は時給が販売の2倍で、前々から点田が志願していたのに、新人に取られてしまったからであり、さらに、美田が点田に向かって放った言葉が、

「いやぁ、まだまだ未熟だが私も頑張るよ、点田くん」

で、昨日は「点田先輩」と呼び敬語まで使っていたのに、一気に「点田くん」に格下げで友達口調になっているのも気に障ったのであるが、まぁ、祖父くらいの年長者だから仕方がないと思って我慢しようとしていた矢先、鳩がまた店の前をうろつきだしたので、腹いせに
「この鳩、消え失せろ!」

と小声で脅すと、美田がすかさず、

「点田! 鳩には優しくしなきゃならんだろ!」

と呼び捨てで生徒を叱るような威圧的な態度になったのに驚き、点田は「は、はい」と答えるしかなく、「まぁ、気をつけて」と美田が調理室に入っていったが、その後も、点田は後味が悪い気分のままでいたのだが、しばらくして、ショーケースのガラスの外側にキラキラとした一本の蛇行した線があるのに気がついた――もしや!――点田は、カウンターの上から顔を出し、その線の先頭でこちらに向かってくる牛田(うしだ)さんがいるのを確認し、調理室に通じるインターホーンから

「店長、牛田さんがご来店しそうです」

と伝えると、中から「了解!」という返答がして調理室から円田店長が出てきたが、その手に持つトレイにはえらく小さな直径2センチほどのドーナツがひとつだけ乗っている……そう、それはカタツムリの牛田さん用のドーナツであり、昨日、店長が双眼鏡で中庭の紫陽花(牛田さんの家)から牛田さんが5円玉を背負ってこちらに出発しようとしているのを確認して用意していたものであり、その牛田さんは、のろのろと這い上ってきて、やっとカウンターまで到着すると触覚を動かし、

「ド ナ ツ ヒ ト ツ」

と文字を書いたので、点田は、

「はい、お待ちください」

と牛田さんの殻の上に重そうに輪ゴムで括られた5円玉を外すと、その代わりに5円玉サイズの小さなドーナツを括ったが、点田は牛田さんの接客をするのは初めてで、牛田さんの歩行速度だと行き帰り2日近くかかるドーナツの買い出しが大変だなと思い、

「牛田さん、デリバリーもやってますよ」

と言ってみると、牛田さんは幾分早いスピードで、

「ケ ッ コ ウ」

と触覚を動かしたのは牛田さんがプライドの高いカタツムリであるからに他ならず、ドーナツを背負ってのろのろと自宅の紫陽花へと方向転換するが、「途中には鳩がいるので危険だ!」と察した点田がハラハラしていると円田店長が、

「牛田さんなら大丈夫だ」

とつぶやき、

「ドーナツを愛し、ちゃんとお金を払ってくれる牛田さんは最高のお客様だよ」

と続けて言った後、牛田さんを心配することなく調理室へと戻っていったが、それと同時に、牛田さんは殻の中から萎んだ青いゴムの袋のようなものを取り出し、その中に入っていった――すると、自然に空気が満たされ、青く小さい風船となったのだ……! 風船の中の牛田さんが風船を転がすように這っていくと、しばらくして、鳩のいるエリアに入り、案の定、鳩は風船を突つきだしたが、破くことができずにあきらめた様子で、

「牛田さん、すごい……」

と点田はつい驚嘆の声をあげたが、「なんで鳩は、こちらに来る時の風船なしで無防備の牛田さんを狙わなかったんだ? あ・そっか、ドーナツは美味しいけど、牛田さんは美味しくないのか!」と独りごちていると、向かいのまるなげベーグルから周りをうかがうように近づいてきた人物が一人――

「……点田くん、今日もドーナツ12個買いに来たさ……」

それは、点田やハトムネと同じ天晴大学に通う、まるなげベーグルの学生アルバイトの弱田世鷲(よわた・よわし)で、今日は苦田店長が休みなので、中庭を半分で割ったこちら側のまるあげドーナツの陣地に来られたようなのであるが、この弱田は以前はまるあげドーナツに勤めていた人物で、苦田店長の美貌に魅せられ転職してしまったという経歴があるが、苦田店長が既婚者であったため恋が叶うはずもなく、逆に、気が弱い男のため苦田の手下と化してしまっていて、どうやら転職を悔いてまるあげドーナツに戻りたいようなのだが、裏切られた円田店長は絶対に許さないといった緊迫した状況の中、今や、まるあげ・まるなげ双方のスパイとなってしまい、どうやら今日もスパイ活動らしく、そして、なぜかいつもドーナツを12個こっそりと買っていく弱田はドーナツを受け取りながら、

「……それとさ、内緒だけどさ、苦田店長がさ、ベーグル店の前にさ、人間の目に入らないような鳩の視線の低い位置にさ、こんなのを出したんだ」

と点田に一枚の紙を見せると、

「どれどれ……『当店のベーグルは、鳩エキスを使用しています』? 鳩がこれを読んでまるなげベーグルには寄り付かなくなったのか……でも、文字が読める鳩なんかいるの? まぁ、カタツムリの牛田さんは文字が読めるけど」

と点田は首を傾げたが、

「……いや、点田くん……文字が読める鳩は……いる」

と、いつの間にか売り場に出てきていた美田が渋い声でつぶやいた――そして、その夜、空に大小いくつもの色とりどりの風船が飛来し、それらはゆっくりと地上へと近づいてきたのであった。

(つづく)


浅羽容子作「イチダースノクテン 4」、いかがでしたでしょうか?

色とりどりの風船が、空から! 果たして牛田さんの青い風船と関係あるのか、ないのか? 人語を解するカタツムリも「オ モ シ ロ イ」と風船で飛び出す疾走文学4幕目でした、鳩たちはドーナツは大好きだが牛田さんはお好きでない(※食糧として) という重要情報が明かされた今回ですが一体鳩の好みとは一体……いや今回の見所はソコじゃない! というモヤモヤをぜひ1週間持続して、待て、次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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