潮時 第三十四話
大日向峰歩 作・小説『潮時』第三十四話:『光差す場所』その1。主人公の円華にとって、週2回のバレトンのレッスンは充実した時間だ。レッスン後の葉月とのたわいもないおしゃべりの時間も円華の癒しになっていた。円華がのめり込むバレトンとは? 六つ目の〝潮時〟の始まりです。
毛と山と鉄を愛するサイコロジストが、漏れ出た内言、綴ります
大日向峰歩 作・小説『潮時』第三十四話:『光差す場所』その1。主人公の円華にとって、週2回のバレトンのレッスンは充実した時間だ。レッスン後の葉月とのたわいもないおしゃべりの時間も円華の癒しになっていた。円華がのめり込むバレトンとは? 六つ目の〝潮時〟の始まりです。
大日向峰歩 作・エッセイ『心を紡いで言葉にすれば』第22回。認知症の母との暮らしの中で気づいた、認知症あるあるとの違和感を、『記憶の二重貯蔵理論』に基づいた〝記憶の仕組み〟から考えるとともに、認知症介護における〝研究者の視点〟を持つ意義をご紹介します。
大日向峰歩 作・小説『潮時』第三十三話:『ドライビング・ミスター・フルムーン』その7。禁じられた二人のドライビングデート。それは、かつてのデートで観た名画と重なって……。五つめの潮時の話、ラストです。
大日向峰歩 作・小説『潮時』第三十二話:『ドライビング・ミスター・フルムーン』その6。投薬したからと言って劇的に何かが変わるわけではない病。変わらない。否。少しずつ変わってゆく二人の暮らし。手探りの闇夜に浮かぶ満月は、二人をどこへ運んでくれるのでしょうか。
大日向峰歩 作・小説『潮時』第三十一話:『ドライビング・ミスター・フルムーン』その5。病院での検査へ遂に連れていかれる鶴子と満男。後悔にかられる満男に突き付けられた鶴子の事実。いいことも悪いことも忘れてしまうのは、もしかしたら幸せなのかもしれません。
大日向峰歩 作・小説『潮時』第三十話:『ドライビング・ミスター・フルムーン』その4。章子が炙り出す、鶴子の異変の意味に、満男は必死で目を背けようとします。けれどもその甲斐空しく、鶴子は娘の前で綻びを自ら露呈するのでした。
大日向峰歩 作・小説『潮時』第二十九話:『ドライビング・ミスター・フルムーン』その3。喜寿を祝う会の帰路に起こった、あるトラブル。それによって、鶴子の異変は満男の手から零れ、章子たちにも共有されることになり……。満男夫婦の慎ましくも平穏な暮らしは、どうなるのでしょうか。
大日向峰歩 作・小説『潮時』第二十八話:『ドライビング・ミスター・フルムーン』その2。満男だけが知る、鶴子の異変。それは、ほんの些細な普通のことなのかもしれないし、大きな変化の予兆なのかもしれない。人は時に、自分の見たいものだけを見ようとします。満男が気づいたそれは、果たしてどちらなのでしょうか。
大日向峰歩 作・小説『潮時』第二十七話:『ドライビング・ミスター・フルムーン』その1。79歳の満男の最近の気がかりは、共に暮らす2つ下の妻、鶴子の様子がおかしいこと。今度、一人娘の章子が計画し、鶴子の喜寿を祝う会が行われることになったのだが……。五つめの〝潮時〟の始まりです。
大日向峰歩 作・エッセイ『心を紡いで言葉にすれば』第21回。ジャケットに惹かれて購入する〝ジャケ買い〟という行為から、ものの〝タイトル〟や〝肩書〟について『相互協調的自己観』から心理学的に検討し、ジャケ買いの良し悪しを考察しています。