別訳【夢中問答集】第五十二問 禅宗は修行の基本を軽視している? 2/2話
昔の修行者は今どきの連中とは違い、迷いは捨てきれていなくても「本分は誰でも必ず備わっている」ということを疑うことはなかったので、自分の修行の...
東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。 意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。
室町時代のディアロゴスの軌跡が、七百年後の今に甦る!
時の副将軍である足利直義(尊氏の弟)と鎌倉仏教興隆の立役者である夢窓国師の間で交わされた問答の記録を、読みやすい現代語で再構築してご紹介。
著者:文野潤也
昔の修行者は今どきの連中とは違い、迷いは捨てきれていなくても「本分は誰でも必ず備わっている」ということを疑うことはなかったので、自分の修行の...
足利直義:いや、だからその辺りがよくわからないのですよ! 禅宗は「両親が生まれる前」だとか「仏という概念が発生する前」だとかを有難がる...
足利直義:・・・なんだかもっともらしくは聞こえますが、「用心しない」ことこそが真の「用心」ということになると、日々何も考えずに暮らしている人...
足利直義:しかし和尚、お経に書かれている修行方法はといえば、程度の差こそあれ心身を用いたものばかりです。 和尚はそれらを否定しようとおっし...
足利直義:いやいや和尚さま、「禅宗の修行は身体や口でやるものではない」というのはわからないではないですが、「頭も使わない」ということになって...
座禅修行は禅宗の専売特許ではない。 浄土宗でも密教でも座禅がある。外道たちにもある。 いずれもじっと動かずに座り余計なことを考えない...
足利直義:「昔のエライ人が『集中力のないヤツは座禅をしたって仕方ない』と言っている。だからそこら辺のアホウを壁に向かって座らせたところで何の...
足利直義:「もう長いこと修行しているんだけど、全然それっぽい成果がでないんだよなぁ・・・」とグチっている人がいます。 また、「死ぬ間際...
百丈和尚は大勢を相手に講義をした際、しばしば終了後に会場を後にしようとする弟子たちに向かって「オイ、オマエら!!」と声をかけることがあったそ...
他人の批判と自他の区別をやめてしまったとしても、それだけではまだ足りない。 両親が生まれる前まで遡って「自分」を見つけられるのでなければ、...