──いったい、あれからどれぐらい時間が経ったのだろうか?
僕がエレンやフレム達と、この世界を救うためにヴァイーラ伯爵に戦いを挑んだのは?
あの頃、僕は10歳。エリはまだ6歳。そうか、もうあれから60年も経っているんだな……。
まるで昨日の事のように思える。
エリ、君がまだ生きていれば今年で66歳。
もし生きていれば、君はどんな年の取り方をしたんだろうね?
ヴァイーラを倒してから10年後、僕はありとあらゆるAI技術を身に付け、エレン達の住まう人工知能に無くなりかけていた電気を補充させるのに成功した。
──でも、もうエレンもフレムも居ない。
お母さんもエリも死んでしまい、僕は一人ぽっちになってしまった。
そう、あの頃、誰一人として僕らを助けてくれなかった。医療費にさえ困窮していた僕らを、世の人々は見捨てたんだ。
だから僕は願った。人間なんてこの地上から居なくなってしまえばいい──人間が居なくなれば、無駄な争いもなくなるし、荒廃していた自然も回復するだろう、と。
しかしだからと言って、僕には直接人間に手を下す事は出来なかった。僕もやはり人間だから。
そこで僕は、人間が徐々に減っていくプログラムを組み、それを実行に移す事にした。
僕が居た世界のコンピューターネットワークは、完全に僕が支配していたし、誰もその事に気づいていやしない。
人類の活力を奪うことなんか、僕には造作なかった。
人間を不信に思わせる情報を拡散させ、その上、人間が食べる食品に体質を変化させる物質を混入させるのは、僕にはなんて事はない。世界中の食品工場は、今や完全にコンピューター制御されているからね。
誰にも気づかれないよう細心の注意を払ったので、人類の体質を変化させるのに何十年もかかったけど、どうやら上手くいったようだ。プログラム通りに、人類を遺伝子レベルで変質させるのに僕は成功したんだ。誰にも、その理由すら分からないだろう。
自分達が食べている食品が実は《禁断の果実》だとは、全く気づいてもいない。
僕の計画通り、人類は徐々に子供が産めなくなり、そして年々人口は減少していっている。
そして僕は、来たるべき世界の統括者として羊を選んだ。
羊は草食だし、平和主義だから、自然破壊もなく争いもない世界を構築できるだろう、と考えた。
エレン達がいたこの世界を僕は一からプログラミングし直し、羊に知性を授けた。
だから、もうエレンもフレムもこの世にいない。いや、具体的に言うと、エレン達の世界を凍結させて、永久保存した。
この世界での試みが成功したら、僕の世界でも計画を実施するつもりだったんだ。
人間の代わりに、平和で争いを好まない羊達が支配する世界を僕は創ろうとした。
計画通りなら、僕が思い描く《楽園》が創れるはずだった。
でも、どういう訳かアンドロイドのエリが僕の計画を妨害し始めた!
プログラムに従って動いているに過ぎないアンドロイドが、そのような行動に出たのは僕には予想外だった……。僕が作ったアンドロイドなのに。
アンドロイドのエリは僕のプログラムに密かに侵入して、プログラムを書き直しオオカミやジャッカルなどの肉食獣にまで知性を授けた。
それだけじゃない。
エリは羊をオオカミの姿へと変え、そのオオカミを羊と結ばせようとさえしている。
その理由は全く分からない。ただ単にエリのプログラムが狂っただけなのかもしれないが。
僕の思い描く世界に、獰猛で野蛮なオオカミなんて要らない。
止む無く僕は羊達に武器を持たせ、オオカミを滅ぼさせようとした。
しかしここでもエリは、オオカミを手助けし始めた。
そのお陰で、この世界には争いが絶えなくなってしまった!
時が経つと共に僕が思い描く《楽園》からは程遠くなっていく。
エリ、どうして君はそんな事をやるんだ?
僕は君の復活を願って、クローン技術さえ学んだというのに。
君は肉体を取り戻したくはないのか? 本当の心や魂を欲しくはないのか?
おまえは本当の恋すら知る事なく、19歳で死んでしまった。
僕はただ君の復活を願っていただけなんだよ……。
――――つづく
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