オオカミになった羊(後編39)by クレーン謙

紅葉が始まりかけた山々に囲まれた、メリナ王国の王都バロメッツ。
その広大な敷地にそびえ立つ難攻不落で名高いバロメッツ城。城のちょうど中央に位置する謁見の間で、アルゴー大公は国王ファウヌス三世に羊村の戦況を伝えていました。
謁見の間には、二匹しか居ないのですが、アルゴー大公は周囲に声が漏れぬよう注意を払いながら、この所の切迫した状況を直に国王に報告しています。アルゴー大公は、国王が最も信頼を寄せている臣下です。
戦況が複雑になればなるほど、もはや城にいる部下や身内でさえ警戒しなければいけないのです──つい先日も、羊村の隠密が城にいるのが判明し、その羊を捕えたばかりでした。

小声で話すアルゴー大公の言葉を漏らさず聞いていたファウヌス三世の顔が、元から少し赤かったのですが更に赤くなっていきました。ただならぬ事態となったのを、アルゴー大公が告げたからでしょう。
史上最強と恐れられた、メリナ王国軍の一個師団がたった二十匹を相手にして全滅をしてしまった──しかもその相手とは、羊と同族である筈のキメラ族。
その不吉な知らせは、何が起ころうとさほど驚きはしないファウヌス三世でさえも動揺させていたのです。

「なぜ、キメラ族がオオカミ族に寝返ったのだ! そうか、奴らも羊村の地下資源を狙っておるのだな? 違うかね?」

今にでも剣を抜くのではないか、という見幕だったのでアルゴー大公は少し後ずさりします。
国王が怒るのも無理はありません。
キメラ族とメリナ王国とは、過去何百年にも渡り長くて太い絆があったのです。
確かにメリナ王国の臣民は、キメラ族をその容貌で差別はしていましたが、流浪の民である彼らを特別に待遇し、時には無償で土地も提供し庇護してきました。
そしてこれが、国王が動揺する最も大きな要因なのですが、メリナ王国はキメラ族が作る武器のお陰で最強の王国となり得ました。キメラ族が敵に武器を供給し始めれば、王国の存亡に関わるかもしれないのです。
二百年前、オオカミの群れにメリナ国が急襲された時にも、キメラ族が作った剣でメリナ国はこの獰猛な敵を返り討ちにしました──その剣は『オオカミ殺しの剣』と言われるようになり、今でもバロメッツの太陽寺院に保管されています。
そのキメラ族がなぜオオカミ族と同盟を結んだのだ?! 今までの待遇を仇で返しおって! と、ファウヌス三世の腹わたはここ数年ないぐらい煮え繰り返っていたのです。

「ファウヌス様。お怒りはごもっともでしょう。……しかしながら、キメラ族は我らのように財をなす事には関心がありませぬ。彼ら/彼女らは、土地も持たず財産も持たず、ただひたすら神へと近づくのが、その生きる目的。従いまして、キメラ族が羊村の地下資源を狙っているとは考えられませぬ」

あまりもの怒りで心臓が止まりそうだったので、ファウヌス三世は呼吸を整えハンカチで汗を拭い、再び声を落としアルゴー大公に尋ねます。

「それは、そうだな。では、奴らは何故オオカミ族を手助けする? 」

「はい。情報によりますと、彼らの軍師、アルゴー元帥が天使から啓示を授かり、それでオオカミ族と同盟を結ぶ決断を下したとの事」

「ほう、面白いな。『アルゴー』とは。貴殿と同じ名ではないか」

「ファウヌス様、実はと言いますとキメラ族は私の血族に当たります。遠い昔、我が血族の一部が神に仕えるべく、メリナを離れ流浪の民となり、あのような姿になったのです。残念ながら、彼らは我々羊を裏切り悪魔の使いであるオオカミと手を結びました。許されざる背徳行為であります。我が家名の名誉の為にも、裏切り者は粛清せねばなりません。……そこで私はメリナ王国軍の全軍の出軍をご進言いたしたします。キメラ族の武器は強力です。こちらは数で攻めねば勝ち目はございません」

先ほどよりは落ち着きを取り戻し、元の冷静で冷酷な顔つきに戻ったファウヌス三世は椅子に座り直し、信頼を寄せる臣下の顔を睨みます。

「貴殿は、頭も回るし羊を率いる統率力も備えておる。よかろう。全軍の指揮権を貴殿に預けようではないか。よいか、キメラ族が我らに従わぬようであらば、この地上で奴らが安住できる場所などないと思い知らせよ」

ファウヌス三世は椅子から立ち上がり、謁見の間を出て、勢いよく石畳の回廊へと歩き出しました。
何があろうと、この時刻にはファウヌス三世は必ずサウナ風呂に行くのは、アルゴーは知っていました。
メリナ王国軍の全権力を手にしたアルゴー大公は、謁見の間に飾られた巨大な鏡に映る自分の姿を見つめニヤリと笑みを浮かべます。

「エリ、いよいよ決戦だね。この世界は君の好きにはさせないよ……」

――――つづく

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