ワインシュタイン博士の長い一日<5>

ワインシュタイン博士は立ち上がり、隣の研究室へと向かった。
オウムは羽ばたき、ワインシュタインの後を追った。
ワインシュタインは研究室でアタッシュケースのような物を見つけ出し、埃を払い落として、蓋を開いた。
オウムがその中を覗き込むと、複雑な計器のような物がアタッシュケースの中いっぱいに詰め込まれていた。

「これが『亜空間転移装置』なのかね、博士?」
「そうだ。昔、この装置を使い公開テレビ放送で物質転送の実験をしたんじゃよ。大失敗だったがね」
ワインシュタインは当時の事を思い出しながら言った。
まだ若く、熱意にあふれていたあの頃。
ワインシュタインの研究の噂を聞きつけたテレビ局が、物質転送の公開実験の放送をする事となった。
ワインシュタインは、意気揚々として、人には決して理解する事ができない「独特・非一般相対性理論」の講義を長々と生放送で語った。
講義が終わり、亜空間転移装置を取り出した博士は言った。

「それでは皆さま、私の理論の実証性をここにお目にかけましょう!今、私の研究室には少しかじった跡のあるリンゴが机の上にあります・・・」

カメラが切り替わり、研究室のリンゴが映し出された。

「あのリンゴを、ここのテレビスタジオに転送してみせます!」

テレビスタジオに集まった人々はどよめいた。
成功すれば、それこそ世紀の大発明だったからだ。
スタジオの観客も世界中のテレビの視聴者も、固唾を飲んでワインシュタイン博士を見守った。
ワインシュタインは装置のスイッチを入れた。
亜空間転移装置は、まるで電動歯ブラシか電動カミソリのような音を立て始めた。
小さなウイーンという音がスタジオに鳴り響いた。
しかし、何も起こらなかった。
研究室のリンゴは転送される事はなかった。
実験は失敗した。

「・・・・それ以来ワシは、気が触れた学者として学会からも追放され、世間からはペテン師のレッテルを貼られたのじゃよ。マスコミの威力とは恐ろしいものだ。瞬時にしてイメージが固まってしまう」

ワインシュタインは装置の電源をいれ、キーボードを使いながら、何か複雑な情報を入力しはじめた。
オウムは黙って、ワインシュタインが作業を終えるのを待った。
しばらくしてワインシュタインがキーボードのEnterキーを押し、言った。

「よし、計算どおりならこれで、この装置は人工ブラックホールを発生させる事ができるじゃろう!」
「博士、もしやそのブラックホールで、巨大隕石を吸い込もうとしているのかね?」
「さよう。ワシの計算に狂いがなければ、人工的に出現させたブラックホールは周囲500キロにある物質を瞬時にして全て飲み込み、3秒後にはそのブラックホールは消滅する。つまり、巨大隕石はこの世から完全に消え失せてしまうわけじゃな。・・・・しかし問題もある」

「どのような問題かね?」

「誰かが、この装置を隕石のすぐ側まで運び、装置を起動させなければいけないのじゃよ。
・・・しかしいったい誰がそんな事をやる?そもそもワシの話なんか誰も信じないだろうしな」

オウムはしばらく考え込み、そして口を開いた。
「博士、あなたがやるしかないよ」

「断る!!」
ワインシュタインはアタッシュケースを激しく閉じながら言った。

「世間はワシを冷酷に扱った!もはやワシには友と呼べる人は一人もおらず、家族もワシを置いて出ていった。・・・・そんな人々のために何故ワシが命を捨ててまで、みんなを救わなければいけないのかね?絶対にいやだ!断る!この世が滅びるのはワシは一向に構わん!」

ワインシュタインの剣幕に圧倒されながら、オウムは言った。
「・・・・ライアンは?ライアンの将来はどうなる?」

ライアンとはワインシュタインの孫で、今年6歳になる男の子だった。
唯一、ワインシュタインに懐いていて、ワインシュタインもライアンの事は可愛がっていた。
夏休みの時期に、ライアンは山小屋に住むワインシュタインの元で過ごす事になっていて、お互いにそれを楽しみにしていた。
ワインシュタインにとってはこの世で唯一の友人であり家族だった。

ワインシュタインは乱れた髪をかき回し、椅子に腰を下ろし、ライアンの事を思った。
地球に巨大隕石が衝突すれば、当然の事ながらライアンも死んでしまうのだ。
ワインシュタインは決意を固めた。

「分かった。やむ得ないだろう・・・。しかしどうやって隕石の側まで行くのだね?
宇宙まで行くロケットが必要なのだが?」

「私の命令で動物たちが動いてくれる事になっている。今すぐにでも使えるロケットのありかを動物たちに聞いてみる事にしよう!」
オウムは羽ばたき、窓辺に行き、あらゆる鳥の言語で森の鳥たちにメッセージを伝えた。

――――続く

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