電気売りのエレン 第31話 by クレーン謙

「今日、僕の家に遊びにこない?」
とレイ君が休み時間中に、私に話しかけてきた。

「・・・今日はお母さんが家にいないからね。是非マヤに見て欲しいものがあるんだ」
レイ君がそのように言うのを聞いて、きっとお父さんの事ね、と私は思い、
「わかったわ。じゃあ、学校が終わったら一度家に帰るから、そのあとでレイ君の家にいくわ」
と答えた。
レイ君の家は、私の家からそんな遠くない。

本当は、今描いている絵を仕上げたかったのだけど。
・・・・ここ数日、寝ている時に私は変な夢を見ていた。
見た事も会った事もない、同い年ぐらいの女の子が夢に現れていた。
夢の中で、その子は悲しそうな顔をしながら、涙を流していた。
それがあまりにも強烈だったので、私はその子の絵を描き始めていた。

学校が終わって、家に帰ると私はママに
「レイ君の家に遊びに行ってもいい?」
と聞いた。
台所で料理をしていたママは手を止め、あたしに振り向いた。

「レイ君?マヤの幼なじみね。・・・・あの子、最近学校に友達が居ないんですって?」

私は靴を脱ぎながら、答えた。
「そうなの。お父さんが居なくなってから、レイ君はクラスメイトの誰とも喋らないのよ。喋るとしたら、わたしぐらいかな?」
「そうなのね・・・・。きっとレイ君の家は色々と大変なのね。分かったわ。暗くなる前には帰ってきてね」
レイ君の家に行くのを反対されるかと思ったけど、どうやらママもレイ君の事は心配しているみたいだった。

わたしはランドセルを置いて、部屋を出る前に、机の上の描きかけの絵を見た。
とても綺麗な顔立ちをしているんだけど、どこか冷たくて暗い表情を浮かべた女の子。
どうして、こんな子が夢に出てくるのかしら?

3月に入り、外は随分と春らしくなってきていた。
家を出たわたしは、両岸がコンクリートで固められた川沿いを歩き、レイ君の家に向かった。
ママが子供の頃、この川にはホタルが居たらしい。
もちろん、もう今は居ない。

レイ君は、古い団地の5階にお母さんと、妹と三人で暮らしている。
わたしは団地の階段を5階まで登り、501号室の呼び鈴を押した。
呼び鈴が壊れているせいか、しばらく間を置いてピンポーンと音が鳴り、鉄の扉が開きレイ君が顔を出した。
「やあマヤ、待っていたよ」

家の中に入ると、とても懐かしい匂いがした。
4年前と同じレイ君の家の匂い。

レイ君の部屋に入って、わたしは驚いた。
昔は、プラレールだとか、いかにも男の子らしいオモチャがたくさんあったけど、今はそんなのはひとつも無かった。
その代わりに、部屋の中は大きな本棚が所狭しと並び、科学だとか数学だとか難しそうな本が並んでいた。
「・・・・この本はね、元々はお父さんのなんだ。お父さんが居なくなったから、僕が引き取ったんだ」
驚くわたしに、レイ君が言った。

「お父さんがやっていた研究を、どうしても知りたかったからね。今日はお母さんも仕事で遅いし、エリも学童で預かってもらっているから、マヤを家に呼ぶにちょうどよかったんだ。・・・で、どこまで話したっけ?」

レイ君がわたしに椅子をすすめてきたので、わたしは椅子に座った。
「え~と、レイ君のお父さんが『人工知能』と『人工生命』の研究をしていて、それが成功した、という所までよね・・・・」

レイ君は、あたりを用心深く振り返りながら言った。
「そう。そうだったね。この話はね、実はというとお母さんもエリも知らないんだ。もし知ってしまったら、お母さんもエリも狙われるかもしれないからね」

あたしはゴクリとツバを飲み込んだ。もしかしたら、あたしは大変な事に巻き込まれてしまったのかと、少し怖くなってきた。
「・・・・・狙われるって、お父さんを誘拐した人たちの事?」

「そう。そいつらは、お父さんが作った人工生命を僕が持っている事を知らないんだ」

わたしは「えっ!!」と叫びそうなのを我慢して言った。
「・・・・レイ君が、持っているの?その『人工生命』を?」

「うん。僕が持っている。実はというと、これはマヤも関係していることだから聞いてほしいんだ。
お父さんは『バイオチップス』を使ってコンピューターを作る事に成功した。前にも説明したけど、このコンピューターは限りなく人間の脳に近いんだ。人間の脳はニューロンという神経細胞で出来ていて、そのニューロンのネットワークで膨大な記憶や感情、情報を生み出し処理するんだ。お父さんはこれと同じような構造を持つコンピューターを作り上げた」

わたしはレイ君の話す事を注意深く聞いていた。もはや、小学生が理解できるような内容ではなかっけど、なんとか理解しようとした。

レイ君は話を続けた。

「・・・・・お父さんは常日頃から言っていた。『予想外の事が起きないと、本当の発見とは言えない』って。そして、その予想外の事が起きたんだ。お父さんの作ったコンピューターは、お父さんの予想を上回る情報量を記憶でき、その膨大な情報を処理できるようになったんだ。どれぐらい膨大かというと、僕らが住んでいるこの宇宙を丸ごと、包み込めるほどの情報量なんだ」

レイ君は立ち上がり本棚に向かい、一冊、分厚い本を抜き出して、本棚の奥に手を入れた。そして奥から何かを取り出した。
それは、どこにでもあるような、スマホに見えた。
「何それ?スマホ?」

レイ君は、わたしにそれを向け、言った。
「いや、これはスマホじゃない。これが、お父さんが作った『バイオチップス』コンピューターなんだ・・・・」

――――続く

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