オオカミになった羊(後編24)by クレーン謙

寺院の中へと乗り込んできた羊たちは、オオカミが隠れていないか捜索を始めました。
猟銃を手に、羊たちが無遠慮にあちこちの部屋を開けるのに業を煮やしたアリエスは、辛抱ができなくなりました。

「あなた達 ! ここは太陽寺院の聖堂、聖なる場所なのですよ。無礼ではありませんか ? 」

リーダーとおぼしき羊が、アリエスに振り向くと、表面上は丁寧ですが、明らかに見下すような口調で言いました。
「これはこれは、あなた様は確か、羊村から来たという大巫女のアリエス様。ーーお聞きかもしれませんが、わがメリナ王国軍が、羊村を助ける為に派兵していまして、すでに多くがオオカミに殺され犠牲になっとります。もし、ここにオオカミが逃げ込んでいるとならば、見過ごす訳にはいかんのでしてね……」

アリエスは先ほど見ていた夢で、死んだ羊やオオカミが大勢歩いていたのを、思い出しますーーやはり、また開戦したのね……。
殆ど全ての部屋を覗き終えた羊が、聖堂の床に設置された小さな扉に気づき、そこを開けようとしたので、アリエスは咄嗟に声を張り上げます。

「ーー分かったわ ! あなた達の探しているオオカミがどこなのか ! 」

羊達は皆、手を止めアリエスを見ました。
アリエスはロウソクを手にして、震えているのを悟られぬよう羊達に言います。
「皆が探している、オオカミはこっちよ。ついてきて……」

不審そうな顔を浮かべながら、羊達はアリエスの後をついて聖堂の隅にある隠し扉へと向かいましたーーギーと鈍い音をたてながら扉が開けられると、そこには獰猛そうなたてがみのオオカミの剥製が。目にはガラス玉がはめられているので、まるで生きていて、今にも飛びかかりそうでした。

「誰かが見たオオカミとは、きっとこの剥製よ。私は時折、剥製に虫がつかないように、外で天日干しするのよ」

羊達はたがいの顔を見つめ、舌打ちをすると、猟銃を背にしまい、聖堂の出入り口へとドカドカと足音をたてながら向かいますーーその内の一匹は、申し訳ないと思ったのか、儀礼的に太陽神のレリーフに向かい、祈りの言葉をつぶやき、そして外へ出ました。

「よろしいか、もし生きたオオカミを見かけたら、我ら自警団に直ちに知らせるように。オオカミは、我らに災いをもたらす。先ほど申したように、わが王国軍は、羊村に派兵されているーーあなたの羊村を助ける為ですぞ。そして多くの戦死羊が出ているのだ。そこを忘れぬように。よって、オオカミは捕まえ次第、問答無用で処刑せねばならぬ」

自警団のリーダーがそう告げると、パトロールを続ける為、羊達は町なかへと姿を消しました。
アリエスは夜風に吹かれながら立ち尽くし、皆の気配が無くなるのを見計らい、聖堂へと戻り、地下室の扉を開き中へと入りますーー地下室には外の気配を察知して、息を殺して鳴りを潜めるソールとアセナが。
アセナは大怪我を負っていたので、石畳に敷かれた寝具に、苦しそうな表情を浮かべながら横になっています。

「もう大丈夫よ。あいつらは、出ていったわ」

とアリエスが告げるのを聞き、ソールはホッ、と一息つき、アセナの体に巻かれた包帯を取り替える作業を始めますーー矢が貫いた耳は、血が止まっていましたが、大きな穴が空いたままです。
アセナの尻尾があった辺りには、まだ血が大量についていました。

血がこびりついた包帯を剥いでいたソールは「あっ」と言い、その動きを止めます。
いったい何事かと思い、アセナの尻尾があった辺りをアリエスが覗き込むとーーそこに白い尻尾のようなものがありました。

しかし、それはどう見ても羊の尻尾でした。
アセナも、後ろに振り返り、自分の体から生えてきた尻尾を見ると最初当惑しますが、やがて声をたてながら笑い始めます。
「アハハハーーやはりそうだったんだ、あの伝説は本当だったんだよ。僕たちは元々、羊だったのさ。だってフェンリルも言っていたもの、僕たちオオカミ族は、本物のオオカミじゃないって ! ソール、君と僕はやはり同じ生き物だったんだよ ! 羊村の羊と、オオカミ族は元々は同じ血筋なんだ」

アリエスはアセナから生えてきた羊の尻尾を見て、唖然としますが、意を決して先ほど見た夢を二匹に伝える事にしました。
ソールとアセナは真剣に耳を傾け、アリエスの語る夢の内容を聞きました。
話が終わると、ソールはポツリと言います。

「……アリエスが会った《天使》は神様の使いなの ? じゃあ、神様が私たちの助けがほしい、という事 ? そんな話、聞いた事もないわ。だって、本当は神様が私たちを助けるんじゃなくて? 」

そう問われてアリエスは返事に窮しますーーアリエス自身《天使》の語ったお告げを完全には信じてはいないのです。
しかし、ソールとアセナの事を守らなければいけないのは、確かでした。
ここメリナ王国も、もはや二匹にとり安全な地ではないのですから。

新しい包帯を巻いてもらったアセナは、起き上がりしばらく考え込みましたが、やがて決心をして言いました。

「僕たちを追っていたフェンリルは、もういない。僕は、オオカミ族の所へと戻り、戦をやめさせないと。僕らは、知らずして同じ血族同士で争っている。……オオカミ族は元々は羊だった、と皆に知らせないと」

「アセナも行くなら、わたしも行くわ ! 」
とソールも畳み掛けるように叫びます。

二匹を戦地へと帰すのは、危険極まりないのは分かっていましたが、しかし、これこそが《天使》が告げた二匹の天命なのかもしれない、とアリエスは思い直しますーーアセナとソールが天命に従うならば、私もそれを手助けするまでだわ……。
アリエスはどうすれば、無事に二匹をメリナ王国から出せるのかを、考え始めました。

――――つづく

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