ヴァイーラ伯爵は手を後ろにまわしながら、船室の窓から眼下に広がる港町を見ていた。
やはり、何を考えているのか、さっぱり分からん男だ。
魔術師の俺ですら、この男の真意を読む事が難しい。
ヴァイーラは俺の方に、その無表情な顔を向けて言った。
「ゾーラ殿、私の父、ヴァイーラI世はフレムの魔術で石に変えられてしまったのですよ・・・」
俺は水晶玉に映るフレムを見ながら言った。
「その話は聞いた事があるな。あなたの父は軍を率いて『魔術師討伐』に赴き、そして北の魔術師たちを殆ど滅ぼす事はできたが、フレムの返り討ちにあい、石に変えられたとか・・・。ほう、そうすると、あなたはフレムに復讐をしたいと?」
「復讐?・・・まあ、それもある。しかし、それ以上に私は、前にも話した事があるが、この地で事業を成功させたいのだ」
「電気ですな」
俺がそのように言うと、ヴァイーラは初めてニヤリと笑い、そして言った。
「さよう。そなたの国は電気がとても豊富だ。わが商社はそれらの販売権を手に入れ、他国へと輸出したいと考えておる」
「それで俺に、この地で販売権を握る電気売りの『排除』を依頼をしてきた訳ですな」
ヴァイーラ伯爵はずる賢そうな笑みを浮かべながら答えた。
「『排除?』?私はそんな事は言ってないぞ。『なんとかしてほしい』とは言ったがね」
「心配なさるな。俺も一流の魔術師だ。何も証拠は残っておらんよ。電気売りたちは、雷にうたれるなどして死んでいるのでね。・・・・・それで、今回はなぜフレムを『排除』しなければいけないんだね?」
ヴァイーラは船室の本棚に向かい、一冊の古びた本を抜き取った。
「いにしえの言葉」で書かれた、その背表紙を見て俺は驚いた。
「予言の書」だ!
・・・・・魔術師の間でも、言い伝えとなっている書物がこんな所にあるとは!
「予言の書」には、叙事詩という形で、はるか未来の事までもが記さてれいる、という。
その古書がさして重要でもない、というような荒っぽい手つきでヴァイーラはページをめくり始め、そしてある箇所でとまった。
「私は『いにしえの言葉』にも魔術にも関心はない。しかし、ここに書いてある事が気になるのだ」
そう言って、ヴァイーラは本を俺に向けた。
そこには、このように書かれていた。
最南の地より 強大なる王国 立ち現れし
その国力にて 7つの海を 征服せんとす
北の大地に現れし 「いにしえの言葉」を 操りし者
「レイ」と名乗る「光の剣士」と共に この王国を滅ぼさんとす
ヴァイーラ伯爵は、何か珍しい動物でも観察するような目つきで俺の顔を見ながら言った。
「ここに書かれている『強大なる王国』とは、わが商社の事だと思うのだが」
「・・・・ふむ、そうかもしれませんな。そして、『いにしえの言葉を操りし者』はフレム、という訳ですな」
「さよう。そうしますと、フレムと一緒にいるあの子供が『光の剣士』なのでは?」
俺は水晶玉に映る、フレムと馬車に乗っているガキをまじまじと見た。
「・・・・・・いや、フレムはあのガキを『エレン』と呼んでいる。それに『剣士』と呼ぶには、あまりにも子供すぎやしないかね?」
ヴァイーラは再び俺に背を向け、船室の中を少し歩き回りながら言った。
「いずれにしても、フレムはわが商社にとって障害となるであろう。・・・なんとかしてほしい。
それに、『光の剣士』とは誰の事なのかも気になる。貴殿にはその捜索もお願いをしたい」
「俺への、見返りはなんだね?」
ヴァイーラは商人らしい、ずる賢い目をしながら言った。
「貴殿がこの地で再興を願っている『魔術師が統べる王国』の復興を手助けしよう。
・・・しかし、それには私が電気の販売権を手中に収めなければならぬ。
あとは貴殿の好きなようにすれば、よかろう。全てがうまくいけば、ここにある『いにしえの書』を全てそなたに差し上げよう。いかがかな?」
ここに蔵書してある「いにしえの書」が全て手に入れば、魔術師が統べる王国の再興も夢ではない。
俺ははやる気持ちを、相手に悟られぬようにして言った。
「わかった。フレムと『光の剣士』の排除を約束した。伯爵も約束を忘れぬ事を」
いよいよ、地上最強と言われていた魔術師と対決する事となった。
かつての俺の師匠だ。
しかし、勿論あんな男はもはや俺の師匠でもなんでもない。
――――続く
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