オオカミになった羊(後編36)by クレーン謙

ここは、羊村東面の壁沿いに立つショーンの邸宅。
その石造りの古い邸宅は、元々大地主だった先祖から受け継ぎ、そこを改装してショーンは政を執行っているのです。
最上階に作られた執務室で、羊村第23代村長ショーンは部下からの報告書に目を通していました。ショーンが座ってる正面には大きな壁時計がかかっており、コチコチと音を立てながら時を刻んでいます──この時計には羊村原産の水晶が使われています。
この所、軍事介入を推し進め始めたメリナ王国が、羊村の地下資源である水晶に目をつけているのは、ショーンには分かっていました。

ショーンは直属の工作員をメリナ王国の王都バロメッツに潜入させており、そのような報告を受けていたのです。ショーンは工作員に命じ、娘のソールの行方も調査させていました。
報告書には、ソールとアセナの二匹が共に、大巫女アリエスの寺院に匿われていたが、今は行方が分からない、と書かれています。ショーンは顔をしかめます。
「なんて事だ。ソールはオオカミを五匹毒殺したアリエスの所にいたのか! 」

読み進めると、報告書にはショーンにとって重要な内容が記されていました。
アリエスをそそのかせたのは、通商大臣ヘルメスだというのです。
しかも、ヘルメスを操っていたのは、メリナ国王の臣下、アルゴー大公であると、工作員は探り当てていました。
「やはり、ヘルメスが黒幕だったのか……。しかも、最初から羊村の資源が狙いで、メリナ王国は戦に加担していたのか!」ショーンは椅子から立ち上がり、報告書を床に叩きつけ憎々しげに呟きます。

日を追うごとに、オオカミ族との戦いは激しさを増しており、戦局は泥沼化していました。
つい先日も、ヴィグリーズの谷でメリナ王国軍の一個師団が敵の襲撃を受け全滅したのです。
キメラ族とアヌビス族がオオカミ族と同盟を結んだのも、ショーンにとっては青天の霹靂でした。
アヌビス族はオオカミとは同族なので、彼らと同盟を結ぶのは分かるのですが、羊とは同族である筈のキメラ族が、何故オオカミの手助けをするのかが分からないのです。
──しかし、キメラ族はショーンにとっても謎の多い種族でした。

羊と同族といえ、その特異の姿から大昔からキメラ族は迫害されており、自分達の国を持たず各地を転々としている流浪の民である事、自分達は『神の子孫である』と主張しているのはショーンも知っていました。
今回、何故キメラ族がオオカミ族と同盟を結んだのかは、ショーンにはその理由を推測すらできずにいます。
床から報告書を拾い上げ、暖炉の中へと放り込み、ショーンは呟きます。

「彼らは高い知能を有しており、武器などを作り、それを売り生計を立てている──今回、メリナ王国の師団が全滅したのも、キメラ族が使用した最新兵器だとするならば、戦局は一気にオオカミ族に有利になるかもしれぬな」

羊村が壊滅的な打撃を受ける前に、なんとかしてオオカミ族と和平を結びたいと、ショーンは考えているのですが、娘のソールが敵の息子と駆け落ちをした為、羊村でのショーンの権威は揺らいでいました。今や、羊村の政権は完全にヘルメス大臣の意のままになっているのです。

「……オオカミ族と和平を結ぶには、オオカミ毒殺を実行したヘルメスと大巫女アリエスを、彼らに引き渡すしか方法はなかろう。私はミハリと約束したのだ。必ず犯人を突き止める、と。それには確実な証拠を見つけ出さねばならぬ。そして、その上でヘルメスを逮捕する事だ。……幼い頃、私はミハリに敵の気配を感じ取り、獲物を追い詰める極意を教わった。その教えのおかげで、私は羊村の村長たり得たのだ。しかし、その一番の友が今や、敵の指導者であるのは、実に皮肉な話だ……」

ショーンは執務室を歩き回りながら、幼い頃ミハリと狩り遊びをした事を思い出していました。

本来羊は狩りなんかしませんから、この頃の経験がショーンの指導者としての強さを育んだのでしょう。
ショーンはオオカミのように鼻がきき、敵の気配をすぐに察知ができます。そして用心深くその敵を追い詰める事だってできるのです。
執務室の壁には歴代村長の肖像画が掲げられており、それらを一点一点眺めながらショーンはヘルメスを追い詰める方策を練り始めます。
部屋の一番端に掲げている、羊村初代村長の肖像画の前でショーンは足を止めました。
肖像画の下には、こう書かれています。

『羊村初代村長 ドリー』

──あまりにも昔の事なので、初代村長ドリーに関する話は伝説の中でしか伝えられていません。
その伝説ならば、ショーンも学校で教わった記憶があります。
大昔まだこの世に羊が居なかった頃、《最初の羊ドリー》が神から遣わされ、この地に現れそして子孫を残した、という伝説があるのです。
つまり、この伝説によればここ羊村が羊発祥の地であり、その子孫がメリナ王国などの国を作ったのです。
元は同族だったキメラ族も、この頃に枝分かれをした種族だとされています。
現在では、それはただの伝説だとして否定されているのですが、信心深い老羊などは、羊村を羊発祥の地だと今でも堅く信じています。
──ショーンは、娘のソールがこれらの肖像画を、興味深げに眺めていたのを思い出します。
しかし何故ソールがオオカミに恋をしたのか、ショーンには未だに理解ができていません。親としては、それは悲しむ以外の出来事でしかないのです。もし、ソールが戻ってくれば、処罰を下さねばならない立場なのですから。

ショーンはソールの事を考えながら肖像画の前で立ちすくんでいると、執務室の扉を激しく叩く音が響き渡りました。
扉が開くと、近衛兵の羊が現れ大声で告げます。

「ショーン様! 一大事です! オオカミが何匹か羊村の中へと侵入し、ヘルメス大臣の屋敷を襲撃しました! 」

ふと我に帰ったショーンは背筋を正し、近衛兵の方に振り向きながら言いました。

「オオカミが侵入しただと?ヘルメスはどうなった?」

「ヘルメス大臣は幸いにも外出中でご無事でした。しかしながら、警護に当たっていた十匹の羊兵は殉職し、ヘルメスの末娘が彼らに連れさられたようです。おそらくは何かの狙いがあるのでしょう。ヤツらは既に、壁の外へと逃亡した模様です! 」

――――つづく

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