「レイのお父さんって、行方不明になったんですって?」
マヤがそのように言うのをきいて、ボクは驚いた。
クラスメートの誰にも、お父さんの事は話をしていないからだ。
でも、先生なら知っているんだろうな。
そしてマヤは、先生とは仲がいい。
「私、小さい時、一度だけ、レイのお父さんに会ってる。とても優しそうなお父さん。
・・・・ねえ、いつからお父さん居なくなったの?」
そうだった。たしか、小学1年の時の誕生会の時に、マヤはボクの家に来ているんだ・・・・。
分かってしまっているなら、しかたがない。ボクは観念してマヤに返事をした。
「去年。もう1年以上たつんだ」
「そうなのね・・・。無事に帰ってくるといいのにね。お父さん、たしか科学者じゃなかった?」
よく覚えているな。
マヤは小さい頃から、とても記憶力がよかったんだ。
その時、校庭から誰かがマヤを呼ぶ声がした。
「いま、行くー!!」と言いながらマヤは校庭へと向かった。
「あとでね」マヤは振り向きながら言った。
マヤは女子からも男子からも、好かれている。ボクと違って。
そりゃ、そうだろうな。去年からボクは殆ど誰とも話をしていないんだから。
授業が始まっても、やはり先生の話がちっとも頭に入ってこない。
ボクは自由帳を取り出して、先生に見つからないようにして、さっきの続きを書き始めた。
斜め横の席に座っているマヤが、時折ボクの事を心配そうにチラチラと見ていた。
最後の授業が終わり、先生がお別れの挨拶を済ますと、ボクはランドセルを背負い、校門の外へ出た。
後ろからマヤが声をかけてきた。
きっと、さっきの話の続きを聞きたいのだろう。
エリは、先に学童に行った。エリは学童でも友達がたくさんいる。
もうすぐ三月だけど、まだまだ外は寒かった。
ボクとマヤは歩きながら話をした。
「レイ君は勉強ができるのに、最近成績が悪いでしょ?お父さんがいなくなった事と関係あるの?
お父さんのような科学者になりたいって、言ってたじゃない」
そう言われると思った。
全部は話せないけど、マヤには説明をしておこうと、覚悟を決めた。
「お父さんがいなくなった訳、そのうち、話をするよ。今は言えないんだ・・・・。
そう、ボクは科学者になりたい。でも、お父さんがいなくなったから、ウチは収入があまりないんだ。とてもじゃないけど、勉強をする為に大学なんかに行けないよ」
「そうだったのね・・・。そんな事きいて、ごめんなさい」
そう言ってマヤは黙り込んだ。
しばらくして、話題を変えるようにして、マヤが口を開いた。
「ねえ、レイはどうしてレイっていう名前なの?」
「うん、それはね、お父さんが「0」という数字が好きだったんだ。何もないのに『0(レイ)』という名が付いているのが不思議だって。でも名前が付くと、途端に『何か』に変化する。もしかしたら宇宙はそうやって出来たのかもしれないなあ、って言ってたよ」
マヤも続けて言った。
「『0(レイ)』は大昔にインドで発見された概念よね。それまでは0という数字も概念もなかったんだって。つまり、いにしえの知恵、という訳ね」
さすがマヤ。
どこで「概念」なんて言葉を覚えたんだか・・・・。
「私の名前はね、お父さんお母さんは、ただ『可愛いから』という理由でつけたんでしょうけど、調べてみると、『マヤ』もインドの言葉だったのよ!・・・・その意味は『幻影』。つまり『この世は全て幻』っていう意味なの。なんだか『0(レイ)』と似てるわね」
とマヤが得意そうに言った。
久々に友達と長く話しているような気がする。
ボクは少しウキウキしながら、話を続けた。
「実はというと『エリ』にも意味があるんだ。古代ギリシャの言葉で『エリ』は『光り輝く者』という意味なんだって。『エリー』だとか『エレン』と呼ぶ事もあるらしい」
ボク達はそんな話をしながら通学路を歩いた。
途中、ボクらは別れ、マヤは毎週通っている絵の教室へと向かった。
将来、イラストレーターになるのがマヤの夢らしい。
マヤと話せて、少し気が楽になった。
さあ、急いで家に帰らないと。
エレン達に危険が迫っている。
もうすぐだ。あともう少しで、エレンに会える。
――――続く
☆ ☆ ☆ ☆
※ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter>