オオカミになった羊(後編11)by クレーン謙

ーーここは、羊村から遠く離れたメリナ王国の王都バロメッツ。
メリナ王国、第34代国王ファウヌス三世は城の外に広がる青々とした草原で、クリケット・バッツを手にし、草の上に置かれたボールに狙いを定めています。
ファウヌス三世がバッツを振ると、コーンと高い音がしてクリケット・ボールが空に舞い上がりました。ファウヌス三世はそれを目で追います。
ーー草原の向こうを見ると、王都バロメッツの荘厳な街並みが見えます。
王都バロメッツは、四方が切り立った崖の高台の上に位置しており、難攻不落の都として知られていました。

クリケットは太古、まだ大草原で暮らしていた頃に羊が行っていた遊びをルーツとしています。
それが今では、羊の貴族たちの社交用の遊びとなり今日に至っています。
ファウヌス三世の傍らには、彼が最も信頼を寄せる腹心、アルゴー大公が立っていました。
ファウヌスは貴族特有の、立派な白ヒゲを風になびかせながらアルゴー大公に聞きます。

「……羊村から亡命羊がメリナに逃げ込んできたらしいが、それはかの事案と何か関連性はあるのかね ? 」

他の羊よりは、やや大柄なアルゴー大公はクリケット・ボールが遠くに着地するのを見届けながら言いました。

「はい、陛下。その羊は、羊村の大巫女なのですが、五匹のオオカミを毒殺した、とヘルメスから報告がありました。大巫女はオオカミの報復を恐れたのでしょう」

「……とするならば、羊村通商大臣ヘルメスは我々の言うとおりに動いた訳だな ? 『オオカミ族を怒らせ、宣戦布告するようけしかけよ』という我らの進言どおりに。フム、なかなか使える羊だな、ヘルメスは」

ファウヌス三世はクリケット・バッツに付いた土を神経質そうに拭き取りました。
ファウヌス三世は、幼少の頃から異常なほどの潔癖性として知られています。
土をぬぐった布を地べたに投げ捨てながら、ファウヌス三世が言います。

「その亡命羊を快く受け入れたまえ。羊村の詳しい話も聞きたいからな。羊村の羊たちは自分たちの足元に眠る資源にはまだ気づいておらぬ筈」

「羊村で取れる水晶の事ですね、陛下。左様です、羊村の羊は水晶が莫大な利益を生むとは知らないでしょう。……あのヘルメスも、まだ気づいてません。ヘルメスは、ただの狂信的な民族主義羊にすぎませんからな。私は彼の唱える民族主義を利用し、彼を操るのに成功しました。他の種族が、水晶の利権を手にする前に、我らは水晶を採掘しその販売権を手にしなければなりません、メリナ王国の繁栄と発展の為にも。それには、羊村とより強固な軍事同盟を結
び、我らの言いなりとなるよう、仕向ける事です」

ファウヌス三世はアルゴー大公の報告を満足そうに聞きながら、右手に残った土を息でフッ、と払い落としました。

「……それで、お前は辺境に住むあの少数部族を利用したのだな?オオカミ族が羊村に宣戦布告をするように仕向けた。しかし、どうやらジャッカル共和国がオオカミと手を結ぶらしいが? 」

「陛下、それは阻止いたしましょう。我がメリナ王国軍ほどではないにしても、ジャッカルは戦い慣れておりますし、我らのように銃などの火器も所有しています。オオカミとジャッカルが手を結ぶのは阻止せねばならないでしょう。恐らくはジャッカル共和国も我らと同じく、羊村の地下資源を狙っています」

ファウヌス三世がクリケット・バッツを担ぎあげたので、アルゴー大公もファウヌス三世の後に続き、城への帰路につきました。

「アルゴー大公、いかにしてそれを阻止するのかね ? 」

「ーー陛下、最近私はオオカミ族のオオカミは実は本当は『オオカミ』ではない、という噂を聞きました」

ファウヌス三世は、振り返り、疑り深そうな目をアルゴー大公に向けます。
「オオカミ族のオオカミが、本当の『オオカミ』でなければ、いったい何なのかね ? 」

「それは、未だ分かりません。しかし同族主義を重んじるジャッカルにしてみれば、オオカミ族がジャッカルとは血筋が違うと分かれば、彼らの軍事同盟は撤回されましょう。ジャッカルはオオカミを同族だと信じ手助けするのですからね。これは確かな話なのですが、羊村の周囲に住まうオオカミ達は他国のオオカミやジャッカルと結ばれても、子が産まれる事はないのです。彼らは仲間内の間でしか繁殖をしないのです。それはいったい何故なのか ? ーー彼らが軍
事協定を締結する前に、私は彼らの正体を突き止めます」

ファウヌス三世は、クッ、クッ、クッ、と神経質そうな声をたて笑い再び城の方へと顔を向けました。
「つくづく、お前は策士だな。きっと敵に回せば、お前は恐ろしい敵となるだろうな……」

ファウヌス三世とアルゴー大公は、草原に向かって開かれた裏門から、城の中へと入っていきました。うららかな春の日差しが、豪奢な城と王都バロメッツに照りつけています。
表向きには平穏で平和な光景ではあるのですが、心なしか不穏な気配が王都を覆っているようにも見えました。

ーー翌日の日の入りの時刻には、羊村の村長とオオカミ族の指導者の会合が開かれます。

――――つづく

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