オオカミになった羊(後編25)by クレーン謙

ーー羊歴1420年、第四の月に始まった羊村とオオカミ族の戦は、同年第六の月に休戦協定が結ばれました。その直後に、ソールとアセナは、メリナ王国へと逃げ、大巫女アリエスの元で潜んでいたのですが、その間に再び戦が再開してしまいました。
しかし、羊村の村長ショーンも、オオカミ族指導者ミハリも本当は戦いを望んではおらず、内心では和平を結びたいと思っています。

ただ、物事がそうそう願い通りにはいかないのが、世の常ですーーこれは本能と言っていいかもしれませんが、オオカミ族は元来戦闘部族なので、一度戦いだすと、敵を殲滅するまでは戦い続けるような性質なのです。一度火のついたオオカミ族の戦闘心を、ミハリには、どうしても制御できませんでした。

それに、息子のアセナが、羊村の娘と駆け落ちしたのを知り、ミハリは当惑しきっていました。
ーー私は羊族との和平は望んではいる。……しかし、種族の違う者と結ばれるのは、果たして許される事なのか?ーーミハリは自問します。
オオカミ軍司令官フェンリルは、アセナを処罰する為、二匹の後を追い、その後消息が途絶えました。
ミハリは野生の第六感で、フェンリルはアセナに殺されたのだろう、と悟っています。
アセナ程の戦闘力と頭脳があれば、いつかは師であるフェンリルを超えるだろう、とミハリは思っていたのです。

アセナが敵の娘と逃亡したのは、すでにオオカミ族には知れ渡っており、もしフェンリルが彼に殺されたのであれば、ミハリは指導者として自分の息子を捕まえ、処罰せねばなりません。
……そして、その処罰とは、死罪となるでしょうーー部族が神の教えの次に大切にしている『オオカミの誓い』に照らし合わせれば、そうなってしまうのです。

内面は悲痛な思いでしたが、それを顔に出す訳にはいかず、今宵もミハリは前線の野営地でオオカミ軍の陣頭指揮を取っていました。もはや、フェンリルが戻ってくる見込みがないので、ミハリ自ら軍を指揮していたのです。
オオカミは羊よりも遥かに俊敏で、夜目もきき、戦闘力も勝ってはいるのですが、羊村はメリナ王国から軍事支援を受けているので、戦局は拮抗していました。
オオカミ族は弓矢と剣しか武器はないのですが、羊村は銃と大砲を所有しています。

この所、メリナ王国軍は、訓練された羊兵と共に恐るべき兵器の投入を開始していました。
羊兵は遠眼鏡を備え付けた銃を使い始めたのですーーこの銃を使えば、100ヤード離れた敵を正確に狙い撃ちできるのです。
この最新兵器のおかげで、ヤルンヴィド森の戦いでは、五匹の弓の名手が命を落とし、ヤルンヴィド森は羊軍の手に渡りました。
この負け戦以降、ミハリは日中の戦いを控え、夜に軍事行動を起こすようになりましたーー明るい日中に動くと、敵の銃に狙撃されてしまうからです。
ーーもし、更にメリナ王国軍が羊村に増援されれば、オオカミ族が殲滅されるのは、もはや時間の問題でした。

オオカミ族にとっての唯一の望みは、ジャッカル共和国との軍事同盟なのですが、しかし、いつまで経ってもジャッカル軍は助けに来ませんでした。
ーーミハリは先祖代々より譲り受けている弓を手入れしながら、ジャッカル共和国との折衝を任せた腹心マーナガルムに聞きます。

「……マーナガルムよ、待てども待てども、なぜジャッカル軍は来ぬのだ ? オオカミ族が危機に陥れば、ジャッカル共和国は我らを助ける筈では ? 」

「指導者ミハリ、どうやら、我らに関する噂を誰かがジャッカル共和国に伝えたようなのです。……『オオカミ族は本当のオオカミではない』と」

ミハリは大きな耳をピクリと動かし、腹だたしげに弓を下に置き立ち上がります。
「そのような伝説が一部にあるのは、私も知っている。……しかし、いったい誰がそんな噂を、わざわざジャッカル共和国に吹聴しているのだ ? 」

「分かりませんーーしかしどうやら、その噂を信じきったジャッカル共和国は、それを理由に軍を出すのを保留しているようなのです。ジャッカル軍が来ぬとならば、この戦は厳しいものとなりましょう」

ミハリはマーナガルムの言った事は、十分に理解していましたーーミハリは腕組みをしながら、頭脳とカンを研ぎ澄ませます。
「マーナガルム、その噂を流した者の正体を突き止めよ。……疑いなく、その者が我らの真の敵に違いない」

「承知いたしました。必ず突き止めましょう。ーーところで、指導者ミハリ、あなたはご子息のアセナを本当に処罰なさるおつもりでしょうか ? あんな優秀で勇敢なオオカミを。それに、あなたの跡取りとなるべくオオカミですぞ」

しかし、ミハリはマーナガルムのその問いには何も答えませんでした。
翌朝には、今いる野営地をメリナ王国軍が取り囲むのを、敵の動きと気配から読み取っていたので、その対策を講じなければならないのです。
ミハリは弓を拾い上げ、オオカミ軍に向かって低い遠吠えで号令をかけながら、考えていました。
(この戦いを終わらせるには、もはやこの弓矢でショーンを討つしかないのだろうか?……それだけは、なんとかして避けたいものだ)

オオカミ軍が動きだす中、空には、地上の様子を窺うようにして、三日月が静かに輝いていました。

――――つづく

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