オオカミになった羊(後編42)by クレーン謙

その朝も、何の変哲も無い朝だった。
今にも世の中が変わろうという時には、朝はいつもこのように明けるものなのかもしれない。
自宅を出た私はドローンに乗り、都内の自分の事務所へと向かった。
ドローンは高層ビル群の中へと飛来し、ビジネス街のターミナルへとゆっくりと着地する。
少し古びた高層ビルの45階、そこのフロアの一角を私は『コモリ・サイバー探偵事務所』として間借りをしているのだ。
事務所に入り、コーヒーマシンからコーヒーをひねり出し、それを飲みながら私はコンピューターの端末の電源を入れる。
ヤマガタ博士とエリが持ち込んだ案件以外にも、いくつか片付けなければいけない案件が貯まっていたので、それらの資料に私は目を通す──新規の調査依頼も何件か来ていた。
大概は浮気調査なのだが、私はそのような調査は一切お断りをしている。

いくつもの調査依頼の中の一つに、私はふと目を留める。
そういえば、以前にも同様の依頼があったのを思い出したのだ。
それは『新興宗教団体に家族が入信をしてしまったので、その安否を調べて欲しい』という類の物だった。その時は、多忙でお断りをしたのだが、今回の依頼も問題となっている宗教団体はやはり同じだった。
──《聖なる羊達》だ。

《聖なる羊達》は天才 AI 技師レイ亡き後、その部下達が設立した宗教団体で、アンドロイドのエリの話によれば、レイの脳髄は教団に保管されていて、未だにレイは『生きている』のだそうだ。
科学技術が進み、既成の宗教が求心力を喪失していく中《聖なる羊達》はここ数年信者を増やしており、AI 世代の若者を中心に入信をしていく者が後を絶たないのだ。
今後の調査とも関連する事柄なので、私はインターネットを使い《聖なる羊達》の事を調べてみた。
エリの言う通り、同団体のネットセキュリティーはとても強固で、その内部には侵入できなかったが、表向きの経歴だけは閲覧できた。

──レイが設立した AI ベンチャー企業は、開発したアンドロイドで莫大な利権を手にした後、その拠点をイスラエルのテルアビブへと移す。テルアビブは『第二のシリコンバレー』と言われており、100年ほど前から急成長を遂げていて、現在では AI 開発者と IT 企業が集まる聖地となっているのだ。
今の世の中、ライフラインは全て AI で制御されおり、それらを司るスーパーコンピューターは、テルアビブに集中している。
そう、コンピューターで制御された現代世界の中心地はテルアビブである、と言っても過言では無い。

レイの表向きの死の後、同ベンチャー企業はどういう訳か大きな島を購入し、企業の解散を告げた後《聖なる羊達》という宗教団体に名を変え、その島を教団の聖地としたのだった。
教団の信者でなければ、島に入る事は出来ないので、その内部の活動はベールに包まれている。
島はイスラエルから少し離れた地中海沖に浮かんでおり、俗世を捨てた信者達がそこで暮らしている、と言われている。

更に《聖なる羊達》の事を調べようとして、うなじのジャックにケーブルを挿入しようとしていたその時、セルフォンが誰かからの通信の着信を告げる。
セルフォンを手に取ると、それはアンドロイドのエリからの着信だったので、私は応答する。

「エリかね? 今ちょうど《聖なる羊達》の事を調べていた所だ」

「コモリさん、テレビをつけてみて。大変な事になったわ」

とエリが言うので、私はテレビのリモコンのスイッチを入れる。
テレビがつくと、『速報』とテロップが流れ、女性レポーターが実況中継をしている画面が映し出された。レポーターは船に乗っていおり、背後には島が見える。
レポーターは緊迫した面持ちで、視聴者に向かって叫んでいた。

「……今朝、国連の安全保障理事会は宗教団体《聖なる羊達》を世界の安全を脅かす『テロ組織』として正式に認定しました。同団体を調査していたヤマガタ博士を筆頭とする調査団が、島への立ち入り調査を拒まれた為、現在緊迫した状況が続いています。《聖なる羊達》がテロ組織として公表されたと同時に、報復として同団体は各国の軍事施設へサイバーテロ攻撃を仕掛けた模様で、多くの国々では、AI で制御された兵器が使用不能となった模様です。アメリカのペンタゴンでは、通信機器が全て使えなくなり、現在アメリカ軍は事態の収拾に奔走しています。また、殆どの軍事衛星も《聖なる羊達》のサイバー攻撃で、使用不可能となりました。《聖なる羊達》の信者達は、武装をして島に立てこもっているようです。……国連軍は AI で制御されていない船舶を用い、《聖なる羊達》の島を包囲して、信者達の武装解除と即時投降を呼びかけています」

テレビカメラがレポーターの横に向けられると、海上には軍艦がいくつか浮かんでいるのが見えた。
軍艦の一つから軍用ドローンが飛び立ち、島へと向かうのが映しだされる。島を調査する為だろう。
しかし、ドローンは島に到達する寸前に、プロペラの回転が止まり、やがてゆっくりと海に向かって墜落をしていった。
ドローンは海上に落ち、大きな水柱を上げる。
レポーターは言葉なくその光景を見つめていた。
私はテレビを消し、エリに聞いた。

「あれは君の兄レイの仕業かね? 」

「そうね、兄でしょう。兄は地上の AI を大概は遠隔操作できてしまうのよ。ヤマガタ博士と私の報告のお陰で、ようやく世界はその事に気がついたわ。人類が滅亡へと向かっていたのは、兄のせいだと、ようやく知ったのよ」

「なるほどね。しかし、それが本当なら極めて危険な状況だな。レイならば、軍が所有する核兵器もコントロールできるのではないかね? 」

「ええ、その通りよ。最悪の結果を招く前に、私と一緒に《聖なる羊達》のコンピューター内部に潜入して欲しいの。実はと言うと、あなたがサイバー空間に潜入している間に、私はあなたの意識にアクセスをして、レイが造った世界に同期しやすいようにしたのよ」

そうエリが言うのを聞き、私は今ままで見ていた正体不明の夢を思い出していた。

「やはり、そうだったのか!この所、奇妙な夢を見る事が多いのは、君が私の意識に入り込んでいたからなのか」

「そう。勝手にあなたの意識にアクセスして申し訳なかったけど、どうしてもあなたのハッキング能力が必要だったの。あなたは、向こうの世界では『ショーン』と呼ばれる羊と同期できるわ。
お願い、向こうで兄を探し出して欲しいの。私はそこで兄に最後の説得をするか、さもなくば……」

――――つづく

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ホテル暴風雨創立4周年記念イベントを開催します。24名による展覧会と、作家・画家・翻訳家・ミュージシャンによる6つのトークショーです。
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11月19日~12月1日、池袋のギャラリー路草です。ぜひ来場ください。
詳細はこちらへ→<ホテル暴風雨展3特設ページ>