オオカミになった羊(後編44)by クレーン謙

王の執務室に入ってきたショーンを、ファウヌス三世とアルゴー大公はじっくりと観察しました。
腰を低くして振る舞うその羊は、確かに他の羊とは違う気配が漂っているかのようです。
ショーンは頭を垂れたまま、しかし憶する事なく、おずおずと二匹の側に近寄ります。
その堂々とした態度に、ファウヌスはやや気後れしました。
……フン、いくら羊村の長とはいえ、所詮は辺境の田舎羊に過ぎぬであろう、とファウヌス三世は思い直し、威厳を保ったまま言います。

「ショーン殿、遠路はるばる、王都バロメッツへよくお出でなさった。気兼ねなく頭を上げなさると良い」

ショーンは静かに頭を上げ、ファウヌスの顔を見ます。続けて、ショーンは王の隣のアルゴー大公に目線を合わせました。
アルゴー大公はショーンの目を見た途端、その目の奥に何やら只ならぬ気配を感じ取ります。
アルゴーは、その気配の正体を探るようにしてショーンの目を睨みました。
と同時に、ショーンもアルゴーの事を探るような目つきで見返します。

「……貴殿はアルゴー様ですね。通商大臣ヘルメスより、貴殿の事をお聞きしております。我が羊村への派兵は、貴殿のご尽力による、と聞きます。改めて礼を申し上げます。この度、ヘルメスよりメリナ王国軍の全指揮権が羊村に移譲されると聞き、急ぎ馳せ参じた次第です」

アルゴーは目を逸らす事なく、しかし用心深く返事をします。

「左様、そなたは他の羊とは違い、闘争心と統率力に秀でている、という評判だ。まるで羊ではないかのようだ、とね。それを見込み、そなたに王国軍を率いオオカミ族を一網打尽にして欲しいのだ。しかし改めてそなたを見てみると、確かにそなたには羊とは違う気配があるようだ。……それは何故なのかね? 」

ショーンは、フッと笑いファウヌスとアルゴーを交互に見て言います。

「この事は羊村では内密にしておりましたが、幼少の頃、私はあるオオカミと友だったのです。私はそのオオカミより、敵との戦い方、そして追い詰め方を学んだのです。羊は本来、戦いを好みませんからね。そのお陰で私はオオカミのように、耳や鼻が効きます。この能力を用いわたしは獲物や敵を見分け、追い詰める事が出来るのです」

「フム、成る程。そなたに羊とは違う気配があるのはその為なのか。しかしそなたに本当にオオカミが討てるのかを私は知りたい。そなたが我らの天敵であるオオカミと友であったなら、尚更の事」

そう問われ、しばしの沈黙の後ショーンは重々しく口を開きました。

「私の第一の使命とは羊村の民を守る事にあります。この戦で、すでに羊村では多大な犠牲羊が出ております。ならば、オオカミ族を討つのは止む得ぬでしょう。もしメリナ王国軍の指揮権が羊村に委譲されたら、私は全力でオオカミ族を討ちましょう。オオカミ族の指導者ミハリを倒せば、我らの勝利となります──一騎打ちになったとしても、必ずや私がミハリを倒します。羊村の面目の為、娘のソールも捉え処罰せねばなりません」

憶する事なくショーンがそう宣言するを聞き、ファウヌス三世は更に戦の勝利を確信しました。
すっかり上機嫌になったファウヌスは珍しく顔を綻ばせながらショーンに言います。

「頼もしいな。実に頼もしいではないか。それでは本日を持って、メリナ王国軍の全指揮権はそなたのものじゃ。王国軍羊兵五千匹を率い、必ずや憎きオオカミ族を滅ぼすのだ。期待しておるぞ」

「は、陛下。恐れ入ります。お約束通り、必ず敵の指導者ミハリを討ちましょう。ところで、一つ疑問がございます。──我ら羊と同族である筈のキメラ族が敵に寝返り、オオカミ族に最新兵器を供給している、と私は聞いております。噂によれば《天使》が現れキメラ族にみ言葉を授けているとの事。それは本当なのでしょうか? 」

そう問われ、王と臣下は顔を見合わせましたが、アルゴーがショーンに向き直り険しい表情で吐き捨てるようにして言いました。

「そんな《天使》のたわ言なぞ! その《天使》は羊を堕落させようする、ただの堕天使に過ぎぬわ! 」

「ほう……、まるでアルゴー様はその《天使》の事をよく存じているかのようですね」

「よいかね、その天使は異教徒の悪魔に過ぎぬ! 貴殿はそういう余計な詮索はせず、敵を討つ事のみに専念すればよろしい。急がねば、敵は羊村だけではなく、ここメリナ王国にも攻めてこよう。さあ、もう行って全羊兵の前に姿を現し、新しき指揮官としての就任演説でもするが良かろう」

「は、アルゴー様、そして陛下。それでは、そのように致します。そして明日にでも全軍の出軍の手はずを整えます」

ショーンは背筋を整え、メリナ式の敬礼をして王執務室を後にしました。
カツーンカツーンと靴の音を響かせながらショーンが遠ざかるのを聞きながら、王が臣下に言います。

「……羊にしては、随分と意思が強くて頑固だな、奴は」

「そうですね。でも、きっと彼ならばオオカミ族を倒せるでしょう。ところで、陛下、もう一戦チャトランガをいかがですかな? もうこれで我ら羊がオオカミに勝利するのは間違い無いでしょうからね」

王は信頼を寄せる臣下がそのように言うのを聞くと、椅子から立ち上がり、チャトランガ台が据えられたテーブルへと向かいました。

「フフ、良かろう。もう貴殿には負けぬぞ、ワシは」

と王がそのように言うのを聞き、少し調子に乗り過ぎているこの王を、次の一戦で打ち負かそうとレイは考えていました。
この世界だけではなく、あちらの世界では国連軍が《聖なる羊》を包囲していました。
その対策も考えなければいけないのです。

――――つづく

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