ナマケモノは本当に怠けているのだろうか。「怠け者」とはどういう者だろう。辞書的に言えば「なすべきことをしない者、働かない者」となるだろう。ナマケモノがなすべきことをやっていないか、あるいは、働いていないかと聞かれれば、当然そんなことはないと万人が答えるだろう。ナマケモノも動きが遅いだけで彼らの為すべきことをやっているし、動物としての務めもきっちりと果たしている。現代においてはポリティカル・コレクトネスの観点からナマケモノの改名運動が勃発してもおかしくないし、生物界でもすでにいくつかの種で改名されている。
日本魚類学会では差別的とされる用語を用いた魚の名前を一斉に改名した。「メクラウナギ」は「ヌタウナギ」に、「イザリウオ」は「カエルアンコウ」に改名された。日本魚類学会でこの改名が発表された時、学会内でも様々な意見が飛び交っており、喧々囂々の意見交換がなされたことを伺わせる。私も学生の頃はメクラウナギやイザリウオで習った記憶があるが、テレビではヌタウナギやカエルアンコウと言っていて、別の生き物だと勘違いしていた。「真矢みき」さんがいつの間にか「真矢ミキ」さんに改名していたぐらいいつの間にか改名していた印象だ。
そうとなればナマケモノの新しい名前を考えなくてはならないが、その前にナマケモノの生態をおさらいしておこう。ナマケモノは哺乳綱、貧歯目あるいは有毛目、ナマケモノ亜目の動物の総称で、ナマケモノ亜目にはフタユビナマケモノ科とミユビナマケモノ科の2科がある。我々が想像するナマケモノはおそらくミユビナマケモノだろう。ミユビナマケモノの目の周りにはパンダのような黒い模様があり、一方でフタユビナマケモノには模様はなく、つぶらな瞳をしている。南アメリカ、中央アメリカの熱帯林に生息し、生涯のほとんどを樹にぶら下がって過ごす。1日18時間から20時間の睡眠をとるが、週に1回程度樹上から降りて地上で排泄を行う。
ミユビナマケモノ科は地上での動作は遅いが、泳ぎは上手である。これは生息地のアマゾン近辺では雨季と乾季があり、雨季には生息地が洪水にさらされることもしばしばあるため、泳ぐ技術を身につけていない個体は生存できないからだと考えられている。ただし、フタユビナマケモノ科は泳ぐ時に頭が水上に出ないため泳げない。ナマケモノの筋肉の重さは体重比で30%ほどで、同じくらいの大きさの動物より低いがナマケモノはとても丈夫な体をしている。筋繊維はゆっくりとしか収縮できないため、消費するエネルギーは少ないにもかかわらず、持久力は強いのである。
このような生態を持つナマケモノであるが、新しい名前は思い浮かんだだろうか。正直に言って私にはいい案が浮かばない。「ユックリモノ」、「オチツキモノ」、「オットリサン」、「キノシタサン」。どれもしっくりこない。どうしてもナマケモノから逸脱することができない。そういう意味では「ナマケモノ」は言い得て妙なのかもしれない。
ナマケモノが怠け者ではないことは明らかとなった訳だが、ナマケモノがゆっくり動くように見えているのは我々と生きている速さが違うと考えれば辻褄が合うのではないだろうか。速さは単位時間あたりの移動距離と定義されると思うが、同じ距離を移動するための時間はナマケモノと他の動物では違う。つまり、ナマケモノと他の動物では時間の感覚が違うのかもしれない。我々の1日はもしかしたらナマケモノにとっては1週間である可能性もある。ヒトが1日でできることを同じくヒトが1週間かかっていたら怠け者と罵られても仕方がないが、そもそもナマケモノはヒトではなくナマケモノなのでヒトと同じ速さで評価すべきではない。
本川達夫氏は「ゾウの時間ネズミの時間」という本の中で、哺乳類の場合15億回の心拍数で死亡することを指摘している。ゾウの心拍は約3秒なのに対し、ハツカネズミは0.1秒しかかからない。15億回の心拍ではゾウは約14年、ハツカネズミだと約170日が寿命と考えられる。つまり、心拍数が速いほど生きている速さが早く、遅いほどゆっくり生きているのではないだろうか。この考え方からするとナマケモノの心拍数はゆっくりしているはずだが、実はナマケモノの心拍数はヒト並みであり、我々と同じ時間感覚で生きているのである。やっぱりナマケモノは本当に怠け者だったのかもしれない。
(by ぐっちー)
※このエッセイ「妄想生き物紀行」第81回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第81回「ナマケモノ」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第81回「ナマケモノ〜ナマケモノは本当に怠け者なのか」いかがでしたでしょうか。今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
怠けるとは何だろう、に始まり、生き物にとっての時間って何だろう? それは相対的なスピードの問題? と発展した今回。
ナマケモノにはどうも「ゆっくり」だけではない秘密がありそうですね。「怠け者」と呼ばれてはいるものの、享楽的か禁欲的かといえばむしろ禁欲的なイメージではないでしょうか。樹に何時間もぶら下がるって、修行っぽいですし。修験者とか達磨とか、そういう名前がいいのでは。
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