タヌキ〜日本で最も穏やかな生活を送るタヌキについて、日本で最も高貴な研究が行われた。

タヌキは哺乳綱食肉目イヌ科タヌキ属に分類される。日本においては昔話のモチーフとして数多く登場し、なじみ深い生き物であり、生息域は日本を始め、朝鮮半島、中国東部、ロシア南部の極東に限定される。シンガポール動物園ではタヌキが展示されていたことを考えると世界的には珍しい生き物という位置づけだろう。ところが、現在はロシア西部からウクライナ、ポーランド、ドイツ、フランス、そしてバルト三国、フィンランドの南部にも生息している。実は1928年に毛皮を取る目的で旧ソ連がタヌキを移入し、それが野生化したことで分布が広がったらしい。ヨーロッパではタヌキは外来生物なのである。

日本に生息するタヌキは津軽海峡を境にエゾタヌキとホンドタヌキに分けられている。これらは別の種とまでは分類できない亜種とされているが、エゾタヌキはホンドタヌキに比べ頭骨が大きく、体も大きいことから、同じグループの動物は寒冷地に行くほど大きいというベルクマンの法則に則っている。つまり今はまだ別種として分類されないが、何万年後かには別種として進化しているかもしれない、進化の途中ということができるかもしれない。

タヌキは雑食性で食べられる物があればそれを食べる機会主義的摂餌を行う。本来の分布域である東アジアでは主に昆虫類、果実、ミミズ、人工物を主な餌としているが、外来種となってしまった東ヨーロッパのタヌキは小型哺乳類、果実、昆虫類を食べていることが分かった。つまり東ヨーロッパのタヌキは自分でネズミなどの小型哺乳類をハンティングして食べていると推測される。何も分からずソ連に連れてこられて、毛皮にされそうなところを命からがら逃げ出したものの、十分な食料が見当たらず仕方なくネズミを追いかけて食べながら命をつないできたタヌキのことを考えると、よくここまで生き延びてきたなと感心してしまう。

東ヨーロッパのタヌキが過酷な環境を生き抜いてきた苦労人であるならば、日本在住でも最も雅なタヌキも存在する。東京都千代田区千代田1丁目1番地、つまり皇居に住むタヌキがいるのである。皇居といえば東京都の中心部であり、周囲には高層ビルが建ち並ぶ都会中の都会であるが、皇居の中は緑が生い茂る閑静な場所であるらしい。中に入ったことが無いので伝聞形である。

東京都においては1960年代を最後にタヌキの目撃が無くなった。しかし、1990年代には皇居の南西部にある赤坂御用地での生息が確認され、2000年には皇居でもタヌキが生息している可能性が高いと報告されていた。その後、2007年から2009年にかけて皇居内でのタヌキの生息状況を調査したところ6個体に電波発信機を付けた首輪を装着することができた。皇居に住み着くタヌキの大胆さに感心するとともに、皇居での調査を許可した宮内庁の寛大さにも感心した。

調査にあたったのがモグラ研究でも有名な国立科学博物館の川田伸一郎博士らである。論文に記載されている共著者の中に宮内庁侍従職である酒向貴子さんが含まれており、この方の協力が大きかったのではないかと推測する。既にこの酒向さんは自身で論文を発表しており、宮内庁職員でありながら生物学に詳しいのではないかと推測する。お目にかかったことが無いので推測である。

論文中では2000年当時、皇宮警察の証言とタメフンと呼ばれるタヌキの排泄場が確認されており、タヌキの生息は確実視されていたが確たる証拠はなかった。そこで、皇居内でも生物学に詳しい酒向さんが国立科学博物館の川田博士と相談して調査を行うこととなったのだと思う。しかし、いくら宮内庁職員がいるからといって簡単に調査ができるとは思えない。調査を始めるまでには相当な時間がかかったに違いない。

宮内庁はお役所中のお役所である。調査実施のためには様々な書類を作成し、上層部の判子が必要であるはずだ。調査計画の書類を作成するために予備調査を行ったのかもしれない。更に天皇陛下の御所で行う調査という特殊性を考慮すると、当時の天皇陛下にもこの調査計画が示され、直接判子をもらった可能性が高い。

現上皇陛下である当時の天皇陛下は魚のハゼの研究者である。ハゼとタヌキでは種が違うが、同じ研究者として許可を出されたと思われる。そして、その内容に興味を持ち、ご自身も研究に加わりたいと仰ったかもしれない。

このような妄想を膨らませるに足る証拠を見つけてしまった。

「皇居におけるタヌキの果実採食の長期変動」(宮内庁)

宮内庁のホームページに天皇陛下が執筆された論文概要が掲載されている中に、この論文があった。調査の内容は2009年から2013年にかけて、毎週タヌキの糞を顕微鏡で観察して、その食性を追った内容である。もしかしたら天皇陛下自らタヌキの糞を顕微鏡で観察した可能性もある。

ヨーロッパのタヌキであれ、皇居のタヌキであれ、タヌキはタヌキである。私のような市井のヨーロッパタヌキでも、日々転がっている興味の種を育てて花を咲かせる努力をすることが重要だと示しているのかもしれない。何歳になっても、どのような社会的立場でも、生物への関心を持ち続けることの大切さを身をもって表現されている姿は、正に日本の象徴である。

(by ぐっちー)

<編集後記>

※このエッセイ「妄想生き物紀行」、今回は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第45回「タヌキ」と関連した内容でお送りしています。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です、詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第45回「タヌキ〜日本で最も穏やかな生活を送るタヌキについて、日本で最も高貴な研究が行われた。」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

タヌキ、東京都内にはまだいるようで、私の自宅近辺で見ただけでなく友人知人から目撃情報を得ることもあります。新宿区、豊島区、中野区、目黒区、練馬区などに生息しているもようですが、ハクビシンと混同している可能性はあります。

ですが、ちゃんと専門家が調査したのですから皇居にいたのは間違いないのでしょう。東京23区最大の緑地ですから、街中よりだいぶ暮らしやすそうですね(入ったことがないので本当のところは不明)。

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