「妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第14回 マンボウ〜最弱伝説はどのように創られたのか」
マンボウは脊索動物門、条鰭綱(じょうきこう)、フグ目、マンボウ科マンボウ属に分類される魚類である。世界の熱帯から温帯に広く分布し、外洋にも生息する。体は前後背腹方向には丸く、左右方向には扁平である。体の後方には背鰭と尻鰭が大きく突き出しており、尾鰭と腹鰭は無い。尾鰭のように見える部分は背鰭と尻鰭が変化したもので、舵鰭(かじびれ)と呼ばれている。とにかく普通の魚とは違う構造をしているのである。
普通と違う所は形だけでは無い。行動もおかしい。マンボウは時折、体を横にして水面に浮いていることがある。どくとるマンボウの異名を持つ北杜夫氏は、医師として乗船した水産庁の漁業調査船でマンボウと出会い、そのおかしな行動に感銘を受け、自分自身もマンボウと名乗ることにしたのである。
このおかしなマンボウはまた、おかしな噂に満ちあふれている。
・寄生虫を落とすためにジャンプをしたら、その衝撃で死ぬ
・深く潜水して、その寒さで死ぬ
・太陽光を直接浴びて、その光の強さで死ぬ
・皮膚が弱くて、人が触った痕が原因で死ぬ
などなど、マンボウ最弱説が巷に流布されている。
これらの噂はすべて根拠が無く、マンボウも「そんなに弱くねえよ!」と怒っていることだろう。マンボウは水面からジャンプすることは報告されているが、その目的については明確な調査がされていないものの、ジャンプの衝撃で死ぬことは報告されていない。また、マンボウは深海に潜り餌を食べていることが明らかになっているが、ちゃんと水面まで上がってきている。そして水面に体を横にして浮く行為は、冷たくなった体を温めているのではないかと考えられている。皮膚が弱いのは事実だが、他の魚に比べて極端に弱いわけではない。
このようにマンボウはそのおかしな生態や形態から、様々な噂に更に尾鰭が付き、尾鰭と思われていた鰭は背鰭と尻鰭が変化したものであり、更に更に、おかしな噂を立てられたのである。
噂になるということは、当該人物が有名でなければならない。誰も知らない人について「あの人、去年結婚したらしいよ」と聞かされても「おめでとうございます」以外のかける言葉が見つからない。マンボウは誰もが知るちょっと変わった形をした魚であるので、このような噂を立てられてもおかしくない。ただ、有名なだけではここまでの荒唐無稽な噂話が広がることはないだろう。
噂話が広がるもうひとつの条件は、当該人物についての情報が少ない時である。普段何をしているか分からないミステリアスな人物ほど噂が立ちやすい。毎日定時に帰っているのに毎朝遅刻ぎりぎりで、いつも眠そうにしている人がいたら確実に噂になるだろう。もしかしたら昼間の仕事は世を忍ぶ仮の姿で、裏社会のドンなのかもしれないし、社長からの特命を受けたスパイかもしれないし、人の恨みを晴らす仕事人かもしれない。
このように、噂が立ちやすい人物というのは有名であり、ミステリアスな人物である。この特徴はまさにマンボウである。つまりマンボウは有名であるのに、その生態があまり知られていない。ではなぜ生態があまり知られていないのだろうか。
マンボウの生態に関する知見が少ないのは、取りも直さずマンボウに関する調査が行われていないということである。一般的に産業として重要な種類の生物については様々な調査が行われるが、そうではない産業価値の低い生物は後回しにされる。マンボウは時々定置網に入って水揚げされるが、マンボウが捕れないと地域の産業に大きなダメージを与えることはない。そのため、マンボウの生態や生息数などの研究は後回しにされてしまう。
こういった産業価値の低い生物の研究は大学などの非営利組織に限定される。ところが、最近は大学でも企業と連携して営利目的の研究に重点を置かれる傾向が強い。結果が形になるまで10年を要するような研究よりも、数ヶ月で論文になるような研究が流行する。また、産業価値の低い生物は生物学の基礎中の基礎である分類も遅れがちである。
現在マンボウ属にはマンボウ、ウシマンボウ、そしてカクレマンボウの3種類いるが、以前は33種類とされていた。その後DNAを使った手法で2009年に3種類に分類することが決まったが、つい最近まで学名が定まっていなかった。マンボウに関する論文は古いもので500年前のものもあり、それらを整理するのに10年以上かかっているのである。
この分類再編でギネスブックの記録が変更になった。これまで世界で最も重い硬骨魚類はマンボウであるとされてきたが、よく調べるとウシマンボウだったのだ。マンボウとウシマンボウは非常によく似ており、分類が難しいことから昔からよく混同されていた。大型個体ではマンボウの舵鰭は波打っており、ウシマンボウのそれは切れ込みはなく丸い。
この分類に大きく寄与した研究者は子供の頃からマンボウに興味を持ち、大学で研究を続けたものの、今は研究機関で別の魚の研究を行っている。マンボウの研究は趣味で行っていて資金的サポートはない。このような研究は一見、産業的な価値を満たしていないと思われているが、人類の知的好奇心を満たしている。このような研究者がいることで、人類の共有知が補強され、文化的な生活が保障されていることを私は改めて心に刻んでいる。
参考ページ
https://withnews.jp/articles/series/23/1
<編集後記>
※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の第14回「マンボウ」 と関連した内容です。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。リンク先に聴き方も詳しく載っていますので、ぜひ合わせてお楽しみ下さい。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第14回「マンボウ〜最弱伝説はどのように創られたか」いかがでしたでしょうか。
今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
今回も来ました不思議生物、マンボウです。ぐっちーさんの言う通り、噂になるのは有名で人気があるから。人間の場合、有名人が根も葉もない噂を立てられがちで実像が知られないのは「噂の方により価値がある」「本人あるいは周辺の人々が実像を知られたがっていない」「プライバシー」などの理由が考えられますが、マンボウの場合、その理由が「産業価値が低いから」だとは。とはいえそこにもグッとくるものがあります。産業価値なんか高くてもろくなことはありません。頑張れマンボウ。
Twitterでぐっちーさんと話そう企画
というわけで、今回もTwitterでぐっちーさんとマンボウについてお話ししましょう。みなさんのマンボウ愛について、あるいはウシマンボウ愛について、最弱伝説について、などなど、ぐっちーさんとあれこれお話しようという企画です。私は「カクレマンボウ」のことが気になるので聞いてみたいです。みなさんも、ぐっちーさんのエッセイを読んでの感想、質問、ツッコミなどあればぜひ!
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— SAITO Ukyo (@ukyo_an) July 7, 2020
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