「妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第17回 オコジョ〜見かけによらない気性を見つけ出した先人の苦労を思う」
オコジョは哺乳綱、ネコ目、イタチ科、オコジョ属の小型の動物である。体長は20~25cm、体重はオス200~250gと小型で軽い。写真などで見るオコジョは画面いっぱいに拡大されているので大きく感じるが、500mLのペットボトルに半分ほど飲み物を残した状態がこれに相当するだろう。もし、ラベルをはがしたジャスミンティーのペットボトルが枯れ草の中に落ちていたら、すぐに見つけられるだろうか。あるいはペットボトルの中に牛乳を入れた状態で雪の中に放り投げたら、すぐに見つけられるだろうか。オコジョは夏と冬で体毛が変化し、夏は短くまばらで背中側が茶色になるが、冬は全身に白く長く密集した毛が生える。夏は岩場や草むら、冬は雪の上で相手に見つかりにくいようにカモフラージュしているのだ。
オコジョの冬毛はエルミン(アーミン)と呼ばれ中世ヨーロッパでは富の象徴とされてきた。英国貴族院議員の式典用ローブやオックスフォード大学、ケンブリッジ大学の卒業生が身に着けるフードはエルミンが使われていた。ただ、現代では絶滅危惧種とされているオコジョの保護から、白いウサギの毛皮が使われているそうである。オコジョはNGでウサギがOKな理由は不明であるが、近年フェイクファーの割合が増えているものの、依然としてホンモノの人気は高い。
オコジョの写真を見ると、愛くるしい顔をしていて是非ともペットにしたいと考える人がいてもおかしくないが、オコジョは日本では準絶滅危惧種であり世界的にはワシントン条約付属書Ⅲにも記載されている保護対象生物である。それにも増して、オコジョをペットとして飼うことを難しくしているのはその性格である。オコジョは可愛い顔をしながら気性が荒く、人間の手に負えないのである。
オコジョ姉さんはデートの約束をドタキャンして別の男と飲み会に出かけてしまったり、高級ブランドバックをおねだりしたり、泣いていたと思ったら次の瞬間笑っていたり、包丁を持って死んでやると脅してきたり、映画館に入っていく人を見ているのが好きだったりと、可愛い顔をして私の手には負えないのである。
さて、そんな気性の荒いオコジョは自分よりも大きなウサギを襲うことがある。ウサギは約2kgと考えると、2Lの烏龍茶のペットボトルくらいの重さだろう。オコジョとウサギの重さの比は8~10倍にもなるが物の本には襲うとある。にわかには信じがたい。本に書いてあるということは誰かが調べた記録があるはずである。そして、私はそのひとつを見つけた。
1958年発行の哺乳動物学雑誌に「ノウサギの幼仔を襲ったオコジョ」という論文を見つけたのである。この論文の著者も「オコジョは体が小さいにもかかはらず獰猛で、しばしばウサギやライチョウをも捕食すると云はれているが、我国に於ける観察例は寡聞にして知らない」と言っている。ところが著者が「南アルプス白峰縦走中、オコジョがノウサギの幼仔を襲撃した現場を目撃したので、茲に報告することにする」と、土佐日記よろしく報告している。
「寡聞にして知らない」と謙遜して言っているが、著者はその筋の専門家である。専門家である著者が知らないのだから、他に誰が知っているというのだろうか。また、著者は南アルプスを縦走するくらい山歩きのエキスパートだ。大学にはワンダーフォーゲル部や山岳部などの山歩き系クラブが存在する。そこの出身かもしれない。大学における山歩き系クラブの存在は、おそらく研究におけるフィールドワークと関係しているのだろう。しかし、フィールドワークのために山歩きをしている人と、山歩き好きが高じてフィールドワークをしている人の2通りの研究者がいるだろうことは想像に難くない。著者はどちらだったのだろう。
1957年8月5日午前7時30分頃、著者は南アルプスの標高2700m付近で、左手にキィッキキキキという異様な鳴き声を聞き、5~6m上方から物の落ちてくるのを感じた。すぐさま駆け寄り、脱いだ帽子で捕まえた。よく見るとノウサギの幼仔とオコジョであった。ノウサギは鼻から出血があり程なく死亡したが、オコジョは手に噛み付こうとしたのでナイフの峰で打って殺したそうである。現代の一般的な行動としてはオコジョを観察した後、野に返すだろうが著者の行動は当時の研究者としては妥当だったのだろう。その後、著者はノウサギ、オコジョ共にフォルマリン漬けにして標本にしており、解剖して死因を特定している。
論文には実際に捕獲したノウサギとオコジョの写真が掲載されているが、子供のノウサギとはいえオコジョの5倍以上の体重差があると思われ、オコジョの獰猛さがよく分かると同時に、全部食べきれるのか心配になってしまう。
オコジョの生態を調べるにあたり、「オコジョはウサギを襲うこともある」という一文を目にしたわけだが、その背景には研究者の偶然と、その偶然を逃さない研究者魂を感じた。何気ない一文にも、その事を研究し、記録してきた先人に感謝しなければならない。
現代では映像での記録も残っており、イギリスのBBCが撮影した、オコジョがウサギを襲う映像を最後に紹介したい。オコジョは10倍も大きなウサギを執拗に追い回し、ついには仕留めるのだが、この動画を見てもオコジョを手なずける自信のある人はオコジョ姉さんと付き合える希有な人である。
Life – Stoat kills rabbit ten times its size – BBC One
(by ぐっちー)
<編集後記>
※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の第17回「オコジョ」 と関連した内容です。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。リンク先に聴き方も詳しく載っていますので、ぜひ合わせてお楽しみ下さい。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第17回「オコジョ〜見かけによらない気性を見つけ出した先人の苦労を思う」いかがでしたでしょうか。
今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
オコジョ姉さん、そうは言ってもやっぱり可愛いからねえ。生きるためだもの、ウサギくらい襲いますわな……と思っていましたが、リンクの貼ってあるBBC撮影の緊張あふれる動画を見て「恐ろしや〜」と震えあがりました。ウサギもあんなに小さな生き物から逃げ回るということはその恐ろしさをよく知っているということ。昔から、研究者による観察例は少なかったにせよ、山に頻繁に入る人たちは知っていて、伝聞による情報が広まっていたのではないでしょうか。それかウサギに聞いたか、オコジョ姉さんが自分で自慢していたのか、そこまではわかりませんが。
Twitterでぐっちーさんと話そう企画
今回もやります! Twitterでぐっちーさんとオコジョについてお話ししましょう。オコジョ姉さんの恐ろしさについて、アーミンについて、紋章や唐揚げについて(詳しくは妄想旅ラジオを)、関連する何でもぐっちーさんとあれこれお話しようという企画です。私はぐっちーさんが最近もシカと遭遇しているのか、聞いてみたいです。みなさんも、ぐっちーさんのエッセイを読んでの感想、質問、ツッコミなどあればぜひ!
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— SAITO Ukyo (@ukyo_an) July 7, 2020
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