「妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第23回 ジャガイモ〜選抜育種の歴史とマイフェアレディ」
ジャガイモはナス科、ナス属の植物である。ナス属にはナスはもちろんのこと、トマトやタマリロなども含まれ食用になる種が多い。ナスは濃い紫色、トマトやタマリロは赤色の実を付けカラフルである一方、ジャガイモは実を付けた状態がみられることは少ないものの一部の品種では緑色の実を付けるらしい。ただ、ジャガイモはもっぱら地下にできた地下茎を食べており、他と食べる部分が違っている。パーティー好きでお洒落なナス属一族の中で、一人地味な存在なのがジャガイモなのである。
ところが、そんなジャガイモも原産地である南米のアンデス山脈では、今でも原種に近い種類のジャガイモがたくさん自生しており。それらの原種は地下茎が紫や赤などカラフルなのである。外見は地味でも実はお洒落の素養を持った下町娘のような、そんなオードリー・ヘップバーンのような存在なのだ。
下町娘を一人前のレディに育て上げる賭けをしたかどうかはわからないが、インカ帝国の人々はジャガイモの原種から地下茎が大きくなる種類を選別して、それらを増やして栽培していたと考えられている。妄想生き物紀行第4回ではアルパカの選抜育種を紹介したが、インカ帝国の人々は選抜育種の技術をある程度持っていたのではないかと思う。その後ヨーロッパから白人がやってきて、お土産にジャガイモを本土に持ち帰ったことから世界中に広まった。
ただ、当時のジャガイモは今ほど収量も多くなく、おそらく味も今ほどではなかったと想像される。持ち帰ったジャガイモを更に選抜育種して地下茎が大きく味の良い品種を選抜していったのである。通常ジャガイモは種イモを発芽させ、それを地中に埋めて栽培する方法が一般的である。しかし、この方法だと選抜育種のための変異が起こらない。選抜育種には遺伝子の変異が必要で、この変異を起こすためにはおしべとめしべを交配させることが不可欠である。
例えば収量が多い品種と味がいい品種をかけ合わせて、収量が多く味がいい品種を作りたい場合、当然小さくて不味いジャガイモが出てきてしまうが、それらは排除されて理想のジャガイモだけを選別する作業が何回も繰り返されることになる。この場合は種から育てなければならないので多くの手間がかかってしまう。このような試行錯誤が繰り返された結果、現在のジャガイモ品種が誕生したのである。
現代でも更に品種改良が進められているが、その方法には様々な先端技術が取り入れられている。品種改良には遺伝子の変異が必要であり、これまでは自然界の変異に任せるしかなかったが、ガンマ線による人為的変異を促す試みが行われてきた。DNAにガンマ線があたると一部の結合が解けて破壊されるが、通常は修復される。しかし、修復されなかったり、別の塩基に置き換わったりと人為的な変異が起こることがある。こうやって変異させられた植物を栽培して、理想の変異を受けた品種のみを選抜して品種改良を行っている。
このような手法での品種改良は自然の変異に比べて多くの変異を促すことができているが、どこに変異が起こっているか予想できない。このため有益な変異かどうか多くの株を育てないとその効果が確認できず、そしてそのほとんどが無益な変異であったと予想される。なんとかピンポイントに変異を起こすことはできないだろうかと考え出されたのがゲノム編集技術である。
ゲノム編集にはCRISPR/Cas9(クリスパー/キャスナイン)という技術が2020年にノーベル化学賞を受賞したことで一気に一般に知られるようになった。この技術はクリスパーと呼ばれるガイドのRNAとキャスナインと呼ばれるDNA切断酵素からなる。クリスパーで変異を起こしたい場所のDNA配列に合致するような配列のRNAを作成して目印にした後、キャスナインでDNAを切断する。これにより目的の場所に変異を起こすことが可能となったのだ。
遺伝子を変化させる技術には他に遺伝子組み換え技術があるが、ゲノム編集と混同してしまっている可能性があるので、軽く違いを示しておきたい。ゲノム編集は目的の遺伝子を切断することで人為的な変異を起こして機能させなくする効果が期待できる。自然界でも起こりうる変異であり、選抜された品種のDNAを調べても人為的かどうかは判別できない。一方、遺伝子組み換えでは他の生物の遺伝子を組み込むことで、例えばある種類の農薬に耐性がある植物が生み出される技術である。この技術は自然界では起こりえない変化をもたらし、DNAを調べれば判別することができる。
日本では遺伝子組み換え技術を使った作物原料には表示の義務があるが、ゲノム編集技術を使った作物には義務はない。この大きな要因として自然変異と人為変異の判別ができるかどうかがポイントになっているようである。もしあなたが今、下町娘を社交界にデビューさせようとしたら、遺伝子組み換えのように整形外科手術で美しくするか、ゲノム編集のように高級美容液を使って自身の持つ美しさを引き立たせるか、どちらの戦略を使うだろうか。それぞれの好みで挑戦してみて欲しい。
参考資料:
ばれいしょ新品種が育成されるまで(北海道立総合研究機構 北見農業試験場)
(by ぐっちー)
<編集後記>
※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の第23回「ジャガイモ」 と関連した内容です。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。リンク先に聴き方も詳しく載っていますので、ぜひ合わせてお楽しみ下さい。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第23回「ジャガイモ〜選抜育種の歴史とマイフェアレディ」いかがでしたでしょうか。
今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
CRISPR/Cas9(クリスパー/キャスナイン) のことを初めて知った時は衝撃で、興味を持ってネット記事や雑誌などで読み、フムフム、と納得したはずだったのに! ……遺伝子組み換えとゲノム編集って一緒かと思ってたよ(小さな声で)
ちなみに、エッセイの最後に挙げてある参考資料はどちらもわかりやすくて面白いのでもうちょっとくわしくご紹介します。
「ばれいしょ新品種が育成されるまで」の方は、新品種の育成のプロセスの手順の多さ(10年以上かかる!)、多様さ(ポテトチップ適性検査とか!)に驚きます。さらに、個人で新品種試験栽培を行いたい人は、試験場ではなく「日本いも類研究会」に申請せよという案内もあります。親切。農家の方々はこういう情報収集や研究をきっと日々行なっているのですね。
「ゲノム編集技術」の方は、読み物的に面白い対談記事が多数あり、ゲノム編集と遺伝子組み換えの違いなど技術の解説だけでなく、「新技術に対する不安をどう考えたらいいか?」 という記事などあって興味深いです。
Twitterでぐっちーさんと話そう企画
さて今回もジャガイモについて、下町娘をデビューさせた経験について(経験者の方お待ちしています)、整形と高級美容液について、などなど、何でもTwitterでお話したいと思います。参加方法はTwitterに書き込むだけ、なので初めての方も、ラジオお聴きのみなさまも、エッセイを読んでの感想、ぐっちーさんへの質問やツッコミなど、ぜひお気軽に。もちろん下町娘を社交界にデビューさせた経験がなくても大歓迎です!
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— SAITO Ukyo (@ukyo_an) July 7, 2020
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