独自テーマ番外編:基礎研究〜好奇心とわがままの重要性

妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第36回 独自テーマ番外編:基礎研究〜好奇心とわがままの重要性

西暦2021年、ノーベル物理学賞にシュクロウ・マナベ氏、クラウス・ハッセルマン氏、ジョルジョ・パリ―ジ氏の3名が選出された。受賞理由は「大気と海洋を結合した物質の循環モデルを提唱し、二酸化炭素濃度の上昇が地球温暖化に影響するという予測モデルを世界に先駆けて発表した」ことによるものである。受賞者のうちシュクロウ・マナベ氏は日本人として生まれ東京大学で学位を取得した後、アメリカに渡り研究を続けアメリカ国籍を取得している。日本は二重国籍を認めていないのでマナベ氏は厳密には日本出身受賞者である。

さて、今回のノーベル物理学賞受賞インタビューでマナベ氏は自身が日本を離れアメリカに渡った理由を「アメリカでは自分の研究のために好きなことをすることができます」と語っている。マナベ氏は1997年に一度日本に帰国し、気象変動を計算する「地球シミュレータ」での地球温暖化研究に従事したが、2001年に辞任して再渡米している。この時所管する科学技術庁の官僚から他機関との共同研究に難色を示されたことが理由とされている。

「地球シミュレータ開発史」によれば「これは国民の税金を使った仕事ですから。気象庁だろうが、環境庁だろうが、良い計算をする人たち全員に使っていただきたいと思っています」と記されている。もしかしたらマナベ氏は地球温暖化研究を進めるため共同研究を計画したものの、やりたいと思った研究が「地球シミュレータ」の順番待ち、あるいは計算量の多さで他の研究を圧迫してしまったのではないだろうか。つまり税金を使った機械を一人が独占的に使うのではなく、みんなで使うために調整が入ったのではないかと妄想する。この調整には内容の重要性などの優先順位ではなく、ただ単に他の人も使いたいと言っているからという非合理的な理由だったのではないだろうか。いかにも日本的である。

マナベ氏はまた受賞インタビューで「日本では人々はいつも他人を邪魔しないようお互いに気遣っています。彼らはとても調和的な関係を作っています。日本人が仲がいいのはそれが主な理由です。ほかの人のことを考え、邪魔になることをしないようにします。」と語っている。つまり、この日本的な相互扶助精神によって自分の研究が思ったように進まなかったことがアメリカ国籍に変更したことの理由だったと言っているのである。

このことは日本的な見方をするとわがままである一方、研究者の好奇心が科学の発展に寄与するという見方からするとアメリカ移住は研究者として至極真っ当な行動である。税金を使って整備したリソースを広く浅く配分するのは政府として正しいかも知れないが、その中でノーベル賞級の深い研究をしろというのはどだい無理な話だ。しかし、今の日本ではそれが求められている。国の借金が増え、予算が縮小されると政治家は「2位ではダメなんですか」と基礎研究に対して冷たい態度を取るようになった。

マナベ氏は大学院生にアドバイスを求められ、「私は改めて大学院生に勧めるのは、好奇心から始まる研究です。それがあなたたちにとって最も重要なアドバイスだと思います」と述べている。知り合いの大学教授に話を聞くと、特に私立では教育・研究活動とその他の活動の比率は3対7くらいだと話していた。その他の活動には学校運営、学生のフォロー、高校生へのリクルートなど多岐にわたる。これでは好奇心さえ湧いてこなくなるのではないか。もし日本が科学立国を目指すのであれば予算は研究費だけではなく運営費にも配分し、その他の活動は専門スタッフに任せ、研究者には好奇心が湧くような余裕が必要なのではないだろうか。

ところで、岸田総理大臣はマナベ氏がノーベル賞を受賞したことに対して文化勲章を贈ることを発表した。以下はNHKのニュースを抜粋したものである。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211008/k10013298171000.html

岸田総理大臣は8日午前、総理大臣官邸で真鍋さんとオンラインで面会し「地球温暖化を予測する研究は人類の持続的な発展に大きく貢献するものだ。日本にとって大きな誇りで、何より、若い人にとって大きな励みとなった」と祝福しました。

そのうえで「10兆円規模の大学支援ファンドを作ろうと思っているが、若い人たちが自由に好奇心を持って幅広い研究ができる環境を作るのは大事なことだ。幅広い関心を持って研究することに対し、受賞は大きな勇気を与えてくれた」と述べました。

当初私は日本を捨てたマナベ氏に祝意を伝えた岸田総理大臣を情けないと思っていた。そしてTwitterに”「私と仕事どっちが大事なの?」と詰め寄られて仕事を取った人が社長になった途端に結婚してと迫る元恋人のような節操のなさを感じる 基礎研究を支援するから戻ってきてと言うべき”という投稿をした。ところが、記事の後半を読むと10兆円規模の大学支援ファンドを作る予定があるとのこと。私は誤解をしていたようだ。10兆円のファンドがどの位の効果を発揮するか分からないが、研究支援に動きがあることは歓迎したい。でもまだまだ足りない。

今回のノーベル物理学賞が気象学分野での受賞とあり話題となっている。スーパーコンピュータによるシミュレーションに目が行きがちだが、この結果を評価するためには実際に観測した気象データが必要である。私自身も実感するところであるが、現場での観測にかける予算や人が近年減ってきている。観測結果があって初めて精度の高い予測ができるのである。今後も日本が科学分野で世界をリードすることを目指すのならば、目に見える成果だけでは無く、その土台となる研究者の好奇心や基礎研究への支援が最も必要な行動だと思う。

(by ぐっちー)

参考リンク

真鍋淑郎氏、日本の研究弱体化を指摘「好奇心に駆られたもの少なく…」【会見全文】(GLOBE+ The Asahi shimbun)

地球シミュレーター開発史(JAMSTEC)

(50p)

<編集後記>

※このエッセイ「妄想生き物紀行」は毎回、生き物をテーマとしたポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」 と関連した内容となっておりますが、今回は対応する放送が「お便り紹介」であるため、独自テーマでお送りしました。
ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第36回「基礎研究〜好奇心とわがままの重要性」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

日本での基礎研究軽視傾向は随分前から言われていることですし、「2番じゃダメなんですか?」はもはや懐かしい話題になってしまいました。

結果が数値でハッキリと表される陸上競技の世界でさえ「銀メダル」にも栄冠がありますが、科学の世界では1番がすべて。誰の真似もせずに画期的な研究をしたとしても、同じことを誰かが先に一秒でも早く発表してしまえば、その研究は陽の目を見ることはなく、そこに栄冠はありません。かといって、科学者が超秘密主義で交流しないわけでもなさそうです。誰かと同じことをしてしまわないためにも先発の研究には目を光らせて勉強しないといけませんし、そもそも「これは前例のない画期的な研究である」と、その価値を認めてくれる他者(論文の査読者など)がいない限り論文はただの紙(またはデータ)だからでしょうか。議論をして互いに影響を与え合うことも多く、真鍋博士がその先駆者である数値シミュレーションの世界では、プログラムをオープンにして皆でバージョンアップしたり、大勢の共同研究者で仕事を手分けするのも普通のことと聞きます。「好奇心かわがままか」は多分、レベルは違えど日本だけの葛藤ではないようにも思えます。そうは言っても、日本が非常に些細なことで「わがまま」認定されがちな風土を持つのは確かなのでしょうね。

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