シカ〜生物学革命の真っただ中で、古典的なエゾシカの食物連鎖を叫ぶ

「妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第16回 シカ〜生物学革命の真っただ中で、古典的なエゾシカの食物連鎖を叫ぶ」

シカは哺乳綱、鯨偶蹄目、シカ科に属する生物で、ニホンジカ、トナカイ、ヘラジカ、キョンなどが有名である。北海道に生息するエゾシカ、屋久島に生息するヤクシカなどはニホンジカの亜種とされている。

冒頭にも説明したが、シカは鯨偶蹄目に分類されている。ここで、おやっと思った方もおられるかもしれない。私が勉強した頃は偶蹄目あるいはウシ目と習った。しかし、現在では昔のクジラ目と同じ分類群として扱われ、鯨偶蹄目という分類になったのだ。近年DNAによる分類の見直しによってこのような分類の再編は至る所で確認できる。クリオネやマンボウの時も同じようにDNAによる分類が再編の根拠となっている。

ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックが1953年、科学雑誌「Nature」にDNAは二重螺旋構造であると発表してからまだ70年弱しか経っていない。しかも2021年現在、ジェームズ・ワトソン氏はご存命である。更にDNAを増やす技術であるPCR法が発明されたのが1983年である。まだ40年弱しか経っていない。我々はまさに、生物学革命の真っ只中を生きているのである。

さて、近年日本各地でシカが増えている。古典的生物学では食う食われるの関係、いわゆる食物連鎖の結果で、ごく自然なことである。しかし、シカが増えたことで人間との接点も増えて、農作物への被害、車との衝突、希少種の食害など看過できない事態が生じ始めている。

知床半島の先端に位置する知床岬付近に生息するエゾシカは1986年には54頭と推定されていたが、1998年には592頭に増加した。その後、1998年から1999年にかけての冬に大量死亡が発生して177頭まで減少した。しかし2003年には626頭、翌2004年には341頭に減少し、激しい増減を示している。

Banishedというゲームをご存じだろうか。ある国家から追放された人間数名が、何もない荒野にたどり着き、周りの資源を収集しコロニーを形成していくゲームである。木の実を収集し、動物を狩猟して食糧を確保するとともに、木材を集めて住居を作り村を形成していく。

Banishedは食料確保と越冬が鍵となる。夏の間に木の実や動物の肉を備蓄して、来たるべき冬に備える。冬は暖房のための木の備蓄が重要となるのだ。このどちらかひとつでも欠けると次々に人が死んでいく。せっかく大きな村ができてきたと思っても、食糧不足で人口が半分になってしまうこともある。”Ted died of starvation.”というメッセージが出ると、「テッド、申し訳ない」そんな気持ちになってしまう。テッドはまだ10歳で、これらか村の発展に尽力してもらうはずだったのに、食料備蓄がうまくできなくて死なせてしまったのである。

1986年当時、54頭のエゾシカ達は雌雄別のいくつかのグループに分かれて知床岬付近に暮らしていた。知床半島の先端なので人間が近くに来ることはほとんど無いし、餌はイネ科の草本、笹の葉、木の葉などで豊富にある。外敵の人間はいないし、餌はあるので子供を産めば生き残りは良い。エゾシカ版Banishedの始まりである。

エゾシカは人間と違い食料を備蓄したり、暖房用の薪を集めることはできない。夏は餌が豊富ではあるが、冬になる前にできるだけ太る必要がある。また、吹雪の時にはできるだけ風の当たらないところでじっと耐えるしかない。生物にとって越冬はまさに命がけである。秋にいくら太ったからといって冬の間中何も食べないで生きていけるわけはないので、冬は雪の上に出ている笹の葉や樹皮を食べてなんとかしのぐ。

10年くらいは大きな飢餓もなく順調に子供たちも育ち、500頭を超えるグループに成長した。しかし、1999年の冬、大雪のため、いつもなら雪の上に顔を出している笹の葉が雪に埋もれてしまった。食べられる樹皮の数も限られ、飢えるエゾシカが急増した。こういう時一番最初に死ぬのは子供である。自然死亡個体のうち約2分の1が子供、3分の1がオスの成体、残りの6分の1がメスの成体という記録がある。母は強し。この年、177頭まで生息数が減ってしまったのであるが、その後も自然環境に影響されつつ、徐々に個体数を増やしている。

ゲームのBanishedでは備蓄を増やしたり、農耕を始めたりと食料生産に力を入れるが、エゾシカ版Banishedでは個体数が増えると生息範囲も拡大しないと餌の供給が間に合わない。その結果、人間社会と接触してしまうのである。人間社会と接してしまったエゾシカは畑の野菜を食べたり、車と接触してしまったりと、エゾシカとしては当たり前に行動していたとしても、人間にとっては被害と取られてしまうようになる。

人間はエゾシカが住む場所との境界にフェンスを設置し、それでも侵入してくるエゾシカを鉄砲で撃つのである。エゾシカからするとなんと理不尽なことであろう。人間は自然をゲームのようにコントロールできると思っているかもしれないが、プレーヤーは人間だけではなく、他にもいることを忘れてはならない。

(by ぐっちー)

<編集後記>

※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の第16回「シカ と関連した内容です。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。リンク先に聴き方も詳しく載っていますので、ぜひ合わせてお楽しみ下さい。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第16回「シカ〜生物学革命の真っただ中で、古典的なエゾシカの食物連鎖を叫ぶ」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

鯨偶蹄目? とおやっと思ったひとりです。まず読み方がわかりませんがwikipediaには「くじらぐうていもく、げいぐうていもく」と併記してあります。鯨偶蹄目の中にラクダやイノシシやウシやシカ、それにクジラも入っているとは驚きです。Banished というゲームも面白そう……と豆知識満載の今回でした。結局のところ自然をコントロールできたためしなどない人類ですが、身の程を知って諦めるにせよ、いやいやコントロールしてやるぜとやる気を出すにせよ、他のプレイヤーをよく知らないとダメだなあと思う今日この頃です。シカとかコロナウイルスとか。

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