マレーバク〜南アジアと中央アメリカに取り残されたバクは同じ夢を見るか

バクは哺乳綱ウマ目バク科バク属に分類される白黒の生き物で、頭から前足にかけてと後ろ足周辺が黒く、それ以外が白い。体長は約2m、体高は約1mで、体重は約300kg以上と私が想像していた以上に大型である。以前シンガポール動物園で実物を見たはずであるが、改めて大きさを数値でみてもそれほど大型であるようには感じていなかった。

つまり、マレーバクは着やせするタイプなのかもしれない。厳密には服を着ているわけではないので模様やせするタイプかもしれない。夜行性のマレーバクは白と黒のツートンカラーによって、「夜間では白色部が際立つことで輪郭が不明瞭になり捕食者に発見されにくくなると考えられている」という解説がなされている。お腹の部分だけ白かったらそこばかりに目がいって、急所である首がどこにあるか分からなくなってしまうだろう。しかも、首回りの皮膚は2.5cm程もあって、牙をもつ動物に対しての防御にもなっているのである。

マレーバクの模様は捕食動物の目だけではなく、我々人間の目も大きく見えないという点であざむいている。この原理を応用して夜歩くときはお腹の部分だけ白いシャツと濃い色のズボンを着れば痩せて見えるかもしれない。是非やってみたい。

バクの仲間はマレーバクをはじめ、アメリカバク ・ ベアードバク ・ ヤマバク の4種いるとされてきた。マレーバクはタイ、ミャンマー、マレーシア、インドネシアに生息し、アメリカバクはブラジルやコロンビア、ベアードバクはメキシコ周辺、そしてヤマバクはコロンビアからエクアドルの山岳地帯に生息する。ところが2013年、アマゾンに新種のバクが生息していると発表された。学名は「Tapirus kabomani」で、標準和名はまだ付けられていないようである。これまで発見されているバクよりも更に小型で、体長1.3m、体重は110kg程度らしいということくらいで詳しいことは分かっていない。

現在生きている5種のバクの仲間のうち4種は中央アメリカに集中している。残り1種がアジアに生息するマレーバクである。バクは赤道直下の暑いところが好きなのかもしれないが、なぜ地球のほぼ反対側である南アジアと中央アメリカにしか分布していないのだろうか。人類よりも先にバクが太平洋を横断したのだろうか。

最も可能性がある仮説は、今よりも暖かかった頃に広い範囲にバクの仲間が拡散していたが、寒冷や隔離などの理由で今の範囲にしか残らなかったということではないだろうか。私はこの仮説を考えた後、これを立証するような証拠を集めようとした。だが、私の検索能力では限界があった。つまり日本語で検索していたからであった。検索ワードをバクの属名である「Tapirus」と「Distribution(分布)」の簡単なワードで検索したところ、一発で下の論文がヒットしたのである。

Distribution, habitat and adaptability of the genus Tapirus

この論文には私が知りたいことすべてが載っていた。この論文によると最も古いバクの記録はヨーロッパで見つかっているらしい。今では分布していないヨーロッパにもバクが生息していたというのである。やはり私の仮説はおおむね正しかった。

以前は英語の論文を読むのは一苦労だった。自分の専門外の専門用語は日本語でさえ難しいのに、英語で書かれていたら難解である。ところが、最近はDeepL翻訳というツールがあり、翻訳の精度が格段に向上している。このDeepL翻訳はブラウザ内でテキストを貼り付けて翻訳することはもちろん、ウェブページ丸ごと翻訳したり、PDFやワードなどのファイルを丸ごと翻訳したりすることができる。調べ物の壁が一段と低くなったように感じる。

数年前のGoogle翻訳では翻訳された日本語を解読する能力が必要だった。単語の翻訳はおおむね正しいのだが、文章になると何を言っているのか分からないことが多かった。そうなると原文を見直して、単語の意味から文章内容を類推しなければならず、高度な能力が求められた。更には日本語を英語に翻訳する場合、最高レベルの高度な能力と技術が必要だった。主語を絶対に入れ、主語述語の関係を簡単にする工夫が求められた。

このGoogle翻訳で鍛えられた最高級の技術はDeepL翻訳で無効となった。文学作品でない限りかなり正確に内容を理解できるようになった現在、言語の壁は下がり続けている。海外旅行向けにPOCKETALK(ポケトーク)という機械がコロナ前に流行ったが、これからは同時通訳が可能になるのではないだろうか。せっかくこのような技術が発展してきているのだから、気兼ねなく海外旅行に行くことができる世の中が再び訪れることを切に願うばかりである。

(by ぐっちー)

参考文献:「バク属の分布、生息地、適応性」Manolo J. GARCÍAほか
(バク専門の論文検索サイト”The Tapir Specialist Group Virtual Library” 内のPDFファイルへのリンクで、すべて英語ですが、DeepL翻訳ツールを使って日本語で読んでもわかりやすいです)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ第57回 マレーバクと関連した内容でお送りしています。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です、詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第57回「マレーバク〜南アジアと中央アメリカに取り残されたバクは同じ夢を見るか」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

バクといえば、「夢を食べる」話あたりが定番の話題だけれど、生き物そのものについて語るぐっちーさんイズムとはちょっとズレるかな? などと考えてどんなお話だか楽しみにしていた私ですが、いや〜。

「マレーバクは、着やせするタイプ」

今回の「声にも出さず噛みしめたい日本語」No.1ですね。逆に大きく太って見えるタイプの動物はなんだか、聞いてみたいものです。

Twiterでぐっちーさんと話そう企画

さて今回も、ぐっちーさんとみなさんと、Twitterでお話したいと思います。バクについて、着やせについて、白黒の動物について、機械翻訳の性能向上について、古式ゆかしい珍妙な機械翻訳の妙味について、などなど何でもお話しましょう。参加方法はTwitterに書き込むだけ、なので初めての方も、ラジオお聴きのみなさまも、質問してみたい人はもちろんただお話してみたい人も、エッセイを読んでの感想、ぐっちーさんへの質問やツッコミなど、ぜひお気軽に。お待ちしています!

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