今回は私と同じく妄想旅ラジオのパーソナリティをしているポチ子さんに、番組内でリクエストしてもらったフナを取り上げたい。
フナはコイ目コイ科フナ属の魚類の総称である。フナの仲間にはギンブナ、キンブナ、ゲンゴロウブナ、ニゴロブナ、ヨーロッパブナなどがあり、アジアを中心にユーラシア大陸に分布する。古くから人間とのかかわりがあり、釣りの対象になったり、品種改良が行われたり、食用となったりしている。
私の祖父は釣り好きで、家には高級な竿が保管されていた。特にヘラブナ釣りが趣味で、私も何度か連れて行ってもらった記憶がある。フナは流れがほとんどない川やため池などで釣る。釣り竿には糸をまくリールはなく、しなやかな竹製の釣り竿の先に糸を括り付け、竿を立てたときにちょうど針の位置が手元になるくらいの長さに調整する。そしてウキを取り付ける。竿、糸、ウキ、針と非常にシンプルな仕掛けである。
フナ釣りはシンプルな仕掛けで釣ることができるので初心者でも導入しやすい。一方で、ウキの動きを見てフナが食いついたかどうかを判断するのだが、この判断が難しくフナ釣りの醍醐味と言っても過言ではない。「釣りはフナに始まりフナに終わる」と言われ、初心者でも気軽に始められるが、釣りあげるには熟練の技術が必要なのである。
釣り人に人気のへラブナは、ゲンゴロウブナを品種改良し全国に放流したものである。ゲンゴロウブナは琵琶湖固有種で、30㎝前後の大きさになり、60㎝以上になる個体もいるらしい。雑食性だが植物プランクトンを主食としているため、フナ釣りの餌は練り餌と呼ばれる水中で形が崩れる餌を付けることが多い。
多くの肉食性の魚は餌となる生物を逃がしてしまわないよう勢いよく食らいつく。そのため肉食魚を釣るときは急激な竿のしなりやウキの沈みがあり、魚が針にかかった「アタリ」がわかりやすい。一方、ヘラブナは形が崩れてきた練り餌を何度か口に出し入れして、さらに崩そうとする。釣り人は崩れた練り餌を奥まで吸い込んだ時を見計らって竿を立ててアタリをとるのである。達人はウキの倒れ具合から練り餌の減り具合を推測する。何とも奥の深い釣りである。
釣り上げたヘラブナは再び水に返すことが多いが、ニゴロブナは食用にされることが多い。ニゴロブナもゲンゴロウブナ同様琵琶湖固有種である。ニゴロブナは鮒寿司の原料として古くから食用にされてきた。鮒寿司は現在一般的に流通している酢飯の上に魚の切り身を乗せた寿司ではなく、フナを乳酸発酵させて熟成させた保存食である。
フナは春に産卵期を迎え、沿岸の水草などに卵を産み付ける。産卵のために岸に寄ってきたフナは比較的簡単に獲ることができるが、大量に獲れたとしても保存に困ったはずである。釣り好きの夫が大量に魚を釣ってきて今日は大漁だと上機嫌であっても、後処理をするのが妻だった場合は家庭内不和を起こしかねない。現代であれば冷凍庫があるので保存にはそれほど困らないかもしれないが、電気のない昔であれば保存法は重要な技術だったであろう。過去には何組もの夫婦が離婚していたに違いない。
鮒寿司の作り方は、まず春に獲れた子持ちのフナの内臓を卵だけ残るように口から引っ張り出し、よく洗った後に塩を詰めて夏頃まで塩漬けにする。高濃度の塩分で雑菌の繁殖を防ぐのである。夏真っ盛りの土用の頃になると塩漬けにしたフナを取りだし、水で洗って塩抜きをする。その後炊いた白米を塩の代わりにフナの口から詰めて、更に直接重ならないように樽に並べて、白米とフナのミルフィーユ状態にして再び漬け込む。この時、空気が入らないようにしなければならない。昔は水を張って空気を遮断していたそうだが、今ではビニール袋で空気を遮っているそうである。
一般的な感覚では真夏に漬け物を漬けようとは思わないだろう。しかし、鮒寿司の場合はできるだけ暑い時期に漬けることがコツであると書いてあった。乳酸発酵は嫌気的条件で促進されるが、いくら空気を遮断したからといっても午前中に直射日光が当たるくらいの高温が好適環境だとは信じがたい。とはいえ、この方法で正月に鮒寿司と日本酒のマリアージュが楽しめるのだから発酵は面白い。
この鮒寿司は昔は各家庭で漬け込んでいたそうだが、ブラックバスやブルーギルといった外来種が増えたことでゲンゴロウブナの漁獲量が減少したことと、手間がかかることなどから最近はほとんど作られることがなくなった。春先に大量に捕れるフナの保存が当初の目的だったのかもしれないが、今では滋賀県の無形民俗文化財の「滋賀の食文化財」として認定されている。先人の苦肉の策と試行錯誤が伝統文化を形成した好例である。
(by ぐっちー)
<編集後記>
※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、毎回、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の各配信と関連した内容でお送りしていますが、今回はエッセイ独自テーマの「フナ」でした。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第44回「フナ〜大量に釣れたフナをどうやって保存するか夫婦喧嘩した結果、文化が生まれた。」いかがでしたでしょうか。
今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
ヘラブナ釣りは奥が深いとは聞いていましたが、こういうものだったのか、へえ〜!! な回でした。鮒寿司を真夏に漬けるというのも驚きですね。鮒寿司などの熟れ鮨がお寿司のルーツと聞いたことがありますが、お寿司というのがもともと、「長く漬け込まずすぐ食べられるように炊いたお米に酢を混ぜて作ってみた」というインスタント食品的なものだったのでしょうか? そんなにしてまで再現するのだからきっと鮒寿司は美味しいのでしょうねえ〜。今ではどれくらい作られ、食べられているものなのでしょうか。作った(食べた)ことのある方がいらっしゃったらぜひお話聞いてみたいです。
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— SAITO Ukyo (@ukyo_an) July 7, 2020
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