最近は私が住む北海道も暑い。当然本州の暑さに比べるべくもないが、それでも相対的に暑くなっていることは確かである。そして夜になってもなかなか涼しくならない。先日暑さ対策のため窓を開けていたら、家の中の光に寄せられてきたのか、ガが一匹舞い込んできた。私はその昆虫が一瞬にして「ガ」であると認識したのだが、よく考えると我々は「ガ」と「チョウ」を瞬時に判別する能力を知らず知らずのうちに身につけていたのである。
人はチョウとガに対する態度が根本から違う。ひらひらと舞うチョウを見てかわいいと言っていたその人物は、同時に夕方玄関扉の横にへばりついたガを気持ち悪いと思うのである。チョウとガで何故ここまで人の意識が違うのだろうか。今でも若々しい及川光博さんが出演するテレビ番組を見ている横で、同じミッチーという愛称のソファーで寝落ちしている夫についても、及川光博さん同様人間である。なんと残酷なことであろうか。同じチョウ目の昆虫であるチョウとガの扱いにこれほどの違いがあることに憤りさえ感じてしまう。
我々はチョウとガを直感で分類してしまっているが、分類学的に両者を分けることは実は少々やっかいなことらしい。チョウの特徴として、昼行性、止まったときは羽を閉じる、触角は鎌状または棍棒状などが挙げられるが、昼行性のガがいたり、羽を閉じるガや棍棒状の触角を持ったガもいる。分類上の科や属などで分けてしまえば、中には辻褄が合わないはみ出し者が出現してしまうようである。世の中にはミッチーよりも更に若々しい王子様のような夫がいる家庭もあるはずなので、ガだと思っていたら実はチョウだったという勘違いもあるかもしれない。
あるいは蝶よ花よと育てられてきたお嬢様が、気がついたらソファーで寝落ちしているミッチーに対して「布団でねたら」と優しい言葉をかけている。ところがミッチーは生返事しかしない。それを聞いたお嬢様は電気を全部消してさっさと寝床についてしまう。私はこんなことをするために生まれてきたわけではない。今はまだサナギなのだ。これから脱皮してチョウになって一花咲かせる。こんなことを考えているかもしれない。
チョウは完全変態である。卵からかえった幼虫は親のチョウとは似ても似つかぬ姿をしており、いわゆるイモムシとして植物を食べて成長する。何度か脱皮を繰り返し、大きくなったらサナギになる。多くの場合、このイモムシ時代も人から嫌われがちである。同じ種類のチョウでも成虫は触ることができるのに幼虫のイモムシは触ることができないという人もいる。ルッキズムもいいところである。
チョウは幼虫と成虫の食性が違う。幼虫は木や野菜の葉っぱを食べるが、成虫になると花の蜜や樹液などを食べることが多い。葉っぱには糖やタンパク質が含まれており、体を大きくするための栄養が豊富である。一方蜜や樹液にはほとんど糖しか含まれず、生命維持を主眼に置いた食料と言える。チョウの羽は一度形成されてしまうと脱皮などで更新することは難しい。つまり、一回であの羽を作らなければならないのである。
サナギは実は卵なのかもしれない。多くの生物では母親由来の栄養を卵に蓄えて孵化するが、完全変態生物は幼虫時代は栄養を蓄える期間と考えられ、サナギが他の生物の卵と同じステージとすることが可能なのではないだろうか。ソファーの上のミッチーもまだ幼虫なのかもしれない。
さて、チョウが飛ぶところを見たことがあるだろうか。羽をばたつかせヒラヒラ舞う姿を思い浮かべることができるだろう。ところがよく考えてみると、チョウの羽は折りたたむことができないので、ただ前後に羽を動かすことしかできないはずである。前後に羽を動かすだけでは浮くことができないのではないか。そう考えるのが自然である。
チョウは羽を前後に動かしているのだが、羽を後ろから前に振り下ろす時には体を地面に対して平行にして、上向きの力を得ている。一方、羽を前から後ろに振り上げる時には体を地面に対して垂直にして、前向きの力を得ているのである。つまり、上向きの力と前向きの力を羽の往復で得ており、ベクトルを合成すると斜め前上に進む力を得ているのである。
1961年公開の映画「モスラ」ではモスラは鳥のように羽ばたき滑空していた。確かに特撮映画ではあるが、もしかしたら当時ではまだチョウの飛ぶ仕組みが明らかにされていなかったのかもしれない。しかしながら、あの映画を見て育った子供たちはチョウやガは鳥のように羽ばたき、滑空するものだと思い込んでしまった可能性が高い。私もその一人だ。
私は昔から老け顔で、実年齢よりも老けてみられていたが、最近ようやく実年齢が見た目を追い越してきた。つまり不完全変態である。一方、デビュー当時は童顔で若く見られていた芸能人が急に老けてきた様子を見たことがある。完全変態である。若い頃は人気が無かったが、年を重ね急に人気者になる完全変態さんもいる。私は穏やかな人生を過ごしていたいと思っているので、不完全変態で良かったと思っている。
(by ぐっちー)
※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ第56回 チョウ」と関連した内容でお送りしています。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です、詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第56回「チョウ〜あなたは完全変態ですか?それとも不完全変態ですか?」いかがでしたでしょうか。
ミッチーこと及川光博さんと、同じニックネームの「寝落ち夫」ミッチーの対比の執拗さに、「ぐっちー」さんという有名人への屈折した思いでもあるのかと、つい勘ぐってしまいました。ぐっちーさんて、いたかな? グッチ裕三さん?
今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。
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— SAITO Ukyo (@ukyo_an) July 7, 2020
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