スケーリーフット〜ワニワニパニックとスケーリーフットの進化の過程

ウロコフネタマガイ、通称スケーリーフットは深海生物である。深海には所々水温100℃を超え、中には400℃を超える熱水が噴出する場所がある。水温100℃を超えると沸騰してしまうのではないかと思われるかもしれないが、深海では水圧が高いので水温が100℃を超えても沸騰しないのである。気圧が低い富士山の頂上でお湯を沸かしても87℃程度にしかならないという話を聞いたことがあるかもしれないが、逆に高圧の条件下では100℃を超えても沸騰しないのである。身近な例としては圧力鍋がそうで、気圧の2倍程度まで圧力をかけると120℃まで沸騰しない。気圧の2倍は水深1mと同じ圧力である。水深100mになると約300℃まで沸騰しない。

スケーリーフットはそんな熱水噴出孔付近に生息する貝の仲間である。熱水噴出孔付近は重金属や硫化水素が豊富に溶け込み、陸上で生活するようななじみ深い生物は生息することができない。ところが、そんな環境でもエビ・カニなどの甲殻類、チューブワームと呼ばれる多毛類、魚類、そしてスケーリーフットのような貝類が生息している。彼らは太陽の光が届かない深海でも生態系を構築し、独自のエネルギー循環で生息している。

陸域の生物は多くの場合、生産者である植物が太陽光エネルギーを使って糖を生成し、それを捕食者である動物が補食してエネルギーが循環されている。一方で太陽光が届かない深海では硫化水素のような化学物質を使って一次生産が行われている。原始の地球ではこのような場所で生命が生まれたのではないかと考えられているが、まだまだ研究の余地がある分野である。

熱水噴出孔に群がる生物は地上に生息する生物群に分類できるので、おそらく地上で繁栄した貝類、甲殻類、魚類などが熱水噴出孔でも生活できるようになったと推測できる。もし、一度も水面付近に進出せず深海で進化した一部が水面近くに進出してきたとすれば、もっと地上の分類に当てはまらない奇抜な生物がたくさん見つかっているはずである。

スケーリーフットの形はよく見慣れた巻き貝のそれであるが、なにやら軟体部に鱗が付いている。この鱗は黒く硫化鉄でできており、外敵から身を守る役割があると考えられている。別の熱水噴出孔で発見されたスケーリーフットは色が白く硫化鉄が検出されなかったが、DNAの調査では同種であると判定されている。体内に取り込まれた硫黄が体表面に移動し、海水中の鉄分と結合して硫化鉄の鎧が形成されるらしい。

進化の過程でスケーリーフットのような新たな形質を獲得する場合、あたかも各個体が意思を持って鎧をまとったように表現されることがあるが、実際は盾を持った個体や武器を持った個体やあるいは丸腰の個体が出現し、鎧をまとった個体だけが生き残ったと考えるべきである。自然界は常に戦場であり、盾では攻撃をかわしきれなかったし、先制攻撃のために武器を手にしても相手の方が上手だったし、まして丸腰では生き残ることは不可能だったのである。

進化の過程はワニワニパニックに似ているかもしれない。ワニワニパニックはゲームセンターで見かける壁の穴から出てきたワニを備え付けのハンマーで叩くあのゲームである。コインを入れて最初の10匹程度はゆっくりと穴からワニが顔を出し、いかにも叩いてくださいと言わんばかりのサービスタイムがある。100円を投入してくれたお客様への配慮の時間が終わると、「もう、怒ったぞ!」と言って急に動きが速くなる。この時今までとは比べものにならないくらい素早い動きで、かつ複数の穴からワニが顔を出すので叩き損ねてしまう。最初の10匹を叩いて満足したはずなのに、叩き損ねたワニがいるともう一度チャレンジしたくなる中毒性の高いゲームなのである。

当初ワニワニパニックのワニは動きが遅いため、ことごとく叩かれていたが、ある時早く動くことができるワニが出現し、8割方叩かれたものの2割の生存が可能となった。この2割の生存者が子孫を残すことによりワニワニパニックのワニは全体的に素早い動きをする集団となってしまうのである。動き方にも特徴があり、全体的に素早い動きなワニもいればちょっとだけ頭を出してすぐ引っ込むワニもいる。そういったわずかな違いで叩かれやすさも違ってくるのでそれぞれの生残率も変わってくる。

スケーリーフットは素早く動くことはないが、動きがゆっくりでも鎧をまとう防御方法が功を奏して生き残りやすかったのだろう。体内にたまった硫黄をたまたま体表面から排出することができた個体に、たまたま水中の鉄分が結合して固い鎧が生まれたのかもしれない。

偶然出会った二人が運命を感じて結婚したとしても、たまたま年頃の二人がたまたま仲良しになっただけなのである。結婚という結果に必然性を見出したくなる気持ちは十分理解できるが、進化の過程を結果から逆算して見てしまうとミスリードが生じてしまう。ただし、我々夫婦を除いて。

(by ぐっちー)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」第63回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第64回「ウロコフネタマガイ」と関連した内容です。ポッドキャストもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です、詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第64回「スケーリーフット〜ワニワニパニックとスケーリーフットの進化の過程」いかがでしたでしょうか。

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こんにちは!

ウロコフネタマガイ、あの足には度肝を抜かれますよね。一方魚やヘビの「うろこ」に似ていますし、アルマジロやセンザンコウがウロコ様の表皮を獲得していることを思うと、同じ地球の仲間が持つ潜在的な性質というか傾向というか趣味というか、そういうのも感じます。

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