番外編10「バーチャル・マンマミーア・嘘泣き・コーン」

新型コロナウィルスの感染者数が再び増加している中、東京では都知事選、九州では記録的な豪雨、海外では香港での国家安全法の施行など、様々な動きの中にいる自分たちですが、自分を含め育児をしている皆さんの日常もまだまだ日々が緊急事態でしょう。

今回は先週に引き続き、番外編としていただいたお便りを紹介していこうと思います。すべてをご紹介することができないので中略させていただいている箇所もありますが、何卒ご容赦ください。ちょっとでも息抜きになってもらえたら幸いです。


今回のコロナ禍で教職をしている家の主人も、ウェブ会議ツールを使うことになりました。動作確認で、画面に映る父親にどんな反応を示すのか、私はワクワクして息子を抱っこしてパソコンに向かいました。

息子の反応はといいますと、まず、画面に主人の顔がデカデカと映った瞬間に怪伬な顔をしました。それでも、声が聞こえれば父親だと分かるかもしれないと思い、主人が息子に声をかけると、これでもかというほどに爆泣きしました。

私は内心では「わーいお父さんだーキャハキャハー」という反応が返ってくるのを期待していました。諦めきれず、もしかしたら、部屋を交換すれば喜んでくれるかもしれないと思い、試してみましたが結果は同じでした。

リアルの世界に入ったばかりの乳児にとっては、バーチャルは恐怖でしかなかったようです。次の日、玄関のモニター付きインターホンで、私が画面の向こうから呼びかけてみましたが、案の定泣いてしまいました。
ところが不思議なことに、最近テレビでよく見かけるリモート収録の番組は全く怖がりません。テレビは自分とは全く関係のない世界だということを理解しているのでしょうか。
また、先日の黒沢さんのまほろ座でのライブのアーカイブ配信はギターが鳴りだすとニコニコしていました。


不思議ですね。子供は画面に映ったお父さんをどんなふうに感じているんでしょうか。
僕が子供の頃には未来の象徴だったテレビ電話が今では当たり前のように使われる時代になり、誰もが気軽に顔を見ながら話が出来るようになりました。自分もweb会議ツールを使いますが、思ったほどの違和感はなく、これはこれでなかなか便利なものだと思います。

しかし、やはり人間が会って直接会話する情報量というのは計り知れないものがあります。これは音楽のライブ配信などでも同じことが言えると思いますが、人間にはデータには乗せることのできない「気配」のようなものを察知する動物的な感覚がまだまだあるんだと思います。

お子さんがテレビのリモート収録番組には違和感がないと言うのは、それはそもそも放送するためにきちんと作られたものなので、全く違うものとして認識しているのかもしれません。
でも、僕のライブ配信で泣かなかったというのは不思議です。資料用に撮っておいた、全く作り込みのないそのままの状態というのは、web上のお父さんと状況はさほど変わらないはずです。(ギター持って歌ったりはしないでしょうけど)

何が違うのか。それは、いつも身近に触れ合っている存在が、別のなんだか知らない箱のなかに映っている、という違和感なのかも知れません。いつもは息遣いや体温を感じられるはずの存在が、急に映像と音だけで出てきたら、子供にとってはきっと大きな違いがあるのでしょう。
ちなみに自分の息子は不思議そうにはしていますが、そもそもなんだかよくわかっていないのかも知れません。


幼稚園に通う甥っ子がまだ「んまんま…」程度の言葉しかしゃべれなかった時のこと。
突然、語尾上がり気味の疑問形で「マンマミーア?」とはっきりと発言。
周囲は一瞬の困惑ののち、大爆笑。
決してイタリアンな離乳食を食べていたわけではなく、そちらの血が流れているわけでもありません。謎です。


子供はたまに思いもよらないことを話したりするので面白いですよね。「マンマ・ミーア?」最高です。しかも疑問形なところがさらにいいです。
「マンマ・ミーア」というのは元々は「わたしのお母さん」という意味のイタリア語で、英語で言うところの「Oh! My God!」「なんてこった!」のような意味だそうですが、甥っ子さんがもしお母さんに言っていたとしたら一層面白かったですね。
お母さんに「なんてこった!」と言う意味で「俺のかあちゃん!」って言ってるわけですから。


私も2歳4ヶ月の娘がいるので、そんな事もあったなーと楽しく読ませて頂いています。
娘のエピソードを送らせていただきます。
先日「嘘泣きごっこ」を2人でしていた所、嘘泣きなのに本当に涙を流していることにちょっと驚きました。
確かに普段からすぐ泣く(涙が出る)、ピタッと止まるので子どもはすごいなぁと思っていましたが、「嘘泣きごっこ」で涙が出ると言うのは

1、嘘泣きごっこをしているうちに本当に悲しくなって涙が出た。
2、リアル嘘泣き。演技、女優。

どちらなのだろうと思ったので良かったらご意見をお聞かせ頂けたらうれしいです。


これは自分の偏った意見ですが、お子さんが娘さんであることを考えると、まず「女優」だと思います。
男の子はただ本当に泣くのは大得意ですが、「嘘泣きごっこ」をするハードルはかなり高い印象を受けます。これについては男女でかなりその能力に差があるような気がしています。
女性は生まれながらにして「女の涙は武器である」ということを知っているとしか思えません。これは本能の一種なのではないかとさえ思います。

自分の息子も最近よく嘘泣きをしますが、正直、演技がヘタ過ぎてもはや笑えるレベルです。仮に「おやつをもっとよこせ」とせがむのを、「晩ご飯が食べられくなるからもうおしまいだよ」と言ってそれ以上あげなかったとします。すると、まず床に座り込み、口をへの字にして泣き始め、それでも放っておくと床に突っ伏して手足を伸ばして泣き叫びます。基本その2パターンです。

もちろん涙とよだれまみれなので、嘘泣きというよりも「おやつもっとくれ」という要求をただ泣くことで表現しているわけで、演技の域には達していないわけですが、とにかく芝居が雑で、デカい。そして無理だとわかると、仕方ないからおもちゃで遊ぶか、という感じになります。
最近ちょっとだけ泣き始めるまでの「タメ」の演技をするようになりましたが、女の子の嘘泣きと比較するとその訴求力は足元にも及びません。

しかし、1の「嘘泣きごっこをしているうちに本当に悲しくなって涙が出た」もあながち間違ってはいないと思います。涙を流すというのは実際に悲しい気分を自分の中で作り出し、フィジカルな表現に落とし込まなくてはいけません。これはなかなかに高度なテクニックではあります。しかし、その逆のパターンもあり得るわけです。泣いているうちに本当に悲しくなってしまうというのは、人間の心と体が繋がっている証拠です。

さらに高度になると、「笑い泣き」もしくは「泣き笑い」のような複雑な感情を相反する表現で伝えることが出来るようになり、こうなるともはや立派な大人の仲間入りと言えるでしょう。


先日、5歳の娘から
「ママ、紺と青どっちが好き? 食べるコーンちゃうでー」と言われました。
笑いながら「紺」と答えましたが、正解だったんでしょうか。
うまい返しができず、負けた感 満載です。
ちなみに、大阪在住です。


さすが大阪です。負けたと思うこの方もさすがですが、まず、お子さんが求めている答えが「正解ではない」というところがポイントなのではないかと思います。お子さんが求めている正解は紺でも青でもなく、ちょっと気の利いた「なんかおもろいこと」なのです。この方はそれを知っているから「負けた」と思うわけで、これは東京ではなかなか考えられない文化の違いでしょう。
このお子さんへの正解を、皆さんに募集してみたいとさえ思います。
ちなみに今思いつく自分の正解は、

「紺か青か言われたら、そりゃやっぱり紺やろ、めっちゃうまいもん。お前まだ子供やからコーンしか知らんと思うけど、そのうち食べさしたるわ。うまいでー、紺」(エセ関西弁です)

という感じでしょうか。
めちゃウマの「紺」に思いを馳せることで、将来新しいタイプのお菓子なんかを作ってもらえたら最高です。

(by 黒沢秀樹)


※編集部より:全部のお便りを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム